夢から醒めて、(後半)

夢から醒めて、(後半)



 ――退院手続きをして病院を出ると、そこにいたのは、神北小毬だった。

 道を歩きながら、二人は言葉少なだった。
 話すべきことはたくさんあった。
 口にすればどこかへ消えてしまいそうだったが――言葉にしなければ伝わらないことも、あるのだ。
 だから、棗恭介は、言葉を口をひらいた。

「鈴と、仲直りしたんだ」
「うん」

 もちろん、小毬は鈴から聞いているだろう。
 だが、小毬は大きくうなづくと、満面の笑顔で、言ってくれた。

「よく頑張りました!」

 その、まるで小さな子供に言ってあげるような口調に、思わず苦笑いした。
 が、自分はまさに、そんな子供のようなものだったんたろう、と納得もした。
 ……ふと、疑問がするりと口をついて出た。

「なあ、小毬、あの時どうして、俺に……」

 恭介の言葉が空に溶けて消えた。
 『仲直り』。どうして、そんなことを言ってくれたのか。
 空は随分と高かった。
 二人は足を止めるでもなく、その空の下を歩き続ける。

「……恭介さんは、なんとなく――外側にいる、と思ったから」

 ぽつり、と小毬が言う。

「外側か」
「うん」

 少し、小毬は俯いたようだった。

「恭介さんは、いつもみんなの幸せのために頑張ってるけど、恭介さん自身は、いつも――その外側にいるんだなーって」

 棗恭介は、そのことについて少し考えてみた。
 外側。
 あるいは、そうなのかも知れない。
 いつも俺は鈴のことを、理樹のことを、真人や謙吾のことを……みんなのことばかりを考えていた、のかも知れない。

「ひとりの力は、ちいさいから。誰かが誰かのために、その誰かがまた他の誰かのために……そうすれば、みんな、もっとしあわせ」
「……幸せスパイラル、か」
「うん。そのためには、恭介さんが、そのなかにいないと、ダメなんだ」

 その言葉に、恭介はなんだか……急に胸が詰まったような感触を覚えた。
 俺が、その中に……というのに、うまく実感が沸かない。

 何の因果か、俺は生き残ってしまった。
 でも、それで幸せになる、というのは、うまくイメージができない。
 そんな恭介を知ってか知らずか、小毬は続ける。

「恭介さんは、とっても大きな力を持ってる。人を幸せに出来る力を。だから、みんなと一緒に幸せスパイラル。みんなも幸せになって、恭介さんも幸せになって、そうしたら、みんなももーっと幸せになって。そういうのって、素敵だと思うの」
「ああ……」

 それはいい、と恭介は思った。
 そんな風になれればいいし……あるいは――一瞬、小毬の言葉を信じることができたような――そんな風になれるような気がした。
 そして、突然、気がついた。

「それじゃ……小毬、お前はどうなんだ?」

 不意を突かれたように、小毬が立ち止まった。
 目をまん丸にして、恭介のほうを見ている。
 そんな小毬を見て、突然――恭介が大笑いした。

「きょ、恭介さん!?」

 そして、しどろもどろの小毬に向かって、笑いながら、涙をこぼしながら――
 しかし、しっかりと、力強く、親指を立てて――言ったのだ。

「こいつは――ミッションスタート、だな!」

(続)


 

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