エピローグ “二木佳奈多 島を去る”

(推奨BGM:波の音)


 そして――。

 舫綱が解かれると、スクリューの水を蹴立てる音がざわざわと大きくなり、コンクリートを打ち付けた灰色の岸壁は静かに遠のいていった。

 蒼く晴れ渡った空にぽかりと浮いたいくつかの雲。
 その下に拡がる緑の島が、だんだんと小さくなっていく。
 温く湿った潮風が頬を撫で、その肌を、まっすぐな日差しが灼いていく……。

 二木さんもまた、僕の横に立ち、水平線の向こうへと消えていく島を見つめていた。

「さようなら」

 ぽつりと二木さんが呟いた。
 小さな声で――でも、明瞭なかたちの、決別の言葉だった。

 ふっと、その肩から力が抜けた。
 そのまま僕の方に振り返ると、二木さんは僅かに微笑む。

 一瞬――。
 その笑顔に、言葉を失った。
 頬が熱くなるのが自覚された。
 こんなにも曇りのない笑顔が出来るのだ。

「何よ、直枝?」
「いや……」
 僕は慌てて手を振る。
 見とれていたと言えるほど、口が回るたちではない。
「何でもないよ」
「そう?」
 二木さんは、ふふ、と今度は小さく声を漏らして笑うと、また島の方を振り返る。
 島影は今やもう、夏の揺らめく大気のむこうに消えようとしていた。

「さようなら……」

 二木さんが、もういちどだけ、呟いた。

 夏が遠ざかっていく。
 夏が終り、そして次の季節がやってくるのだ。