秋も深まってくると、学生寮の一室というのは結構寒い。2階、3階ならまだいいのだけれど、僕と真人の部屋のような1階は、地面から伝わってくる底冷えが日に日に力を増していて、冬がくる、季節が変わっていくのが実感できることは、あえて風流とも呼べなくはないけど。
そんなわけで僕は、寮会の用事という名目をつけて、女子寮の二木さんの部屋にちょくちょくお邪魔している。
最初は例によって小言じみたいことを言う二木さんだったけれど、結局葉留佳さんに押し切られた。
「そんなこと言ったっておねえちゃん、本当はうれしいくせにっ!」
「……っ」
顔を赤くして髪の毛をいじる二木さんの姿は、それなりに珍しい。ぶっちゃけ眼福だった。
夏以来、ずいぶんと丸く、ずいぶんと素直になったものだ。僕がその役に立ったとは思っているし、それはとてもうれしいことだ。
ともあれ今日も僕は二木さんの部屋で、出したばかりの炬燵で暖をとりながら参考書とにらめっこをしていた。
「寝る子は育つ、ですヨ!」
とは葉留佳さんの談、彼女はすうすう、時折ぐうぐうと寝息?をたてている。
もっとも、時計は11時半を回っていて、特段早い就寝時間というわけでもない。
僕は黙って席を立つと(二木さんの部屋には、座椅子が3つばかりしつらえられている)、急須に茶葉を入れて、ポットから湯を注いだ。煎茶だ。
それを持って炬燵に戻ると、二木さんが顔を上げて
「ありがと」
とだけ云う。素っ気なさの中にも、二木さんの感情をずいぶんと読みとれるようになってきた。
二木さんは相変わらず勉強家だ。
夏の事件が終わって、彼女の刃としての知識と知恵の必要性は、それなりに薄れていた。
それでも勉強をやめないのはなぜか、と訊いたことがある。
相も変わらず素っ気ない声で、二木さんは
「私と同じような子の力になりたい。それだけよ」
と云った。
ああ、優しいなあと思った。
それはいつだったか、町の本屋で参考書を見繕っているときのことだ。
こう、ひどく胸が締め付けられる思いがして、その場で二木さんを抱きしめてしまった。我ながらのやりすぎ、あのときの二木さんの反応ときたら――いや、固まって何の反応もできていなかったんだけど、あの表情!
あとでしこたま怒られた。
閑話休題。
そんなわけで、僕もこうして二木さんの勉強につきあっているのだった。
放課後の寮会の仕事の時間と併せて、ああ、僕はこんなに幸せでいいんだろうかと思うね。
でも、そろそろ時間だ。シンデレラじゃないけど(そもそも僕は男だ)、12時を回る前には部屋に帰ることにしている。
「二木さん」
テキストを閉じて云うと彼女は頷いて立ち上がる。
そのまま僕を、廊下まで送ってくれた。
「それじゃね、二木さん」
「うん。また明日ね」
あまり大声をたてるわけにはいかない時間だ。長い別れの挨拶は不調法というもの、かわりに黙って口づけを交わした。
愛してる、という意味だ。
はにかんで少し恥ずかしそうにする二木さんの顔は、僕だけのもの。独占欲という言葉の意味が判りはじめた今日この頃だった。
外にでると、月が空にあった。
月が綺麗ですね、と呟いた。
早く二木さんの顔がみたいな、と思った。
夏が過ぎて、三枝家の諸々がすべて解決した後のお話。
ハッピーエンドのその続き、平穏な幸せ。
そして、裏テーマは『はるちんは強い子』。二木さんも理樹も大変感謝しています。