世界が少しだけ変質したような感触があった。
前を行く彼らのバスが、ガードレールを突き破って崖下に落着した、あの、があん、という鈍く激しい音の前後で、世界(または私)の緊密な連続性が失われている。
直枝が寮会の仕事を手伝ってくれるようになったのは、かれの友人達が皆、病院に担ぎ込まれてしまって、遊び相手が居なくなってしまったから、というひどく即物的な理由もある。だけど、それだけでは、よりによってこの私の(彼らにとっては疎ましいばかりだったであろうこの私の!)手伝いをするという、明確な理由にはなるまい。
何故、と彼自身に問いかけようとして、私は既視感を覚えた。
『どうして?』
その自らの問いかけに対する答えを、いつか聞いた気がするのだ。
とても好意的な言葉を貰ったような、優しく暖かい感触が胸の中にあった。不思議な違和感だった。
その種の違和感は、大なり小なり各所にあった。そういうものを認めるたびに、私は目眩のようなものを覚える。記憶(つまり私)を書き換えられているような。
何かがあったのだ、と私は、半ば確信していた。ファンタジィじみたなにかがあったのだと。そもそも、あの――私に向けられた葉留佳の笑顔のことを考えれば、そこには何かしらの奇跡じみた機構が関与している、としか考えられないではないか。
一体、私たちに何が起こったというのだろう。
「どうしたの、二木さん?」
声にはっと振り向くと、直枝が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
それで、書類仕事をしていたはずの自分の手が止まっていることに気づいた。私にしては珍しいことだ。おまけに視線が、いつのまに直枝の方へと引き寄せられていたようだった。
「別に。なんでもないわ」
声は少し尖っていたかもしれない。照れ隠しをしている自分がどこかにいて、それがひどく不思議だった。
『どうして?』は、とりあえず置いておくことにした。直枝が手伝ってくれるのは、単純に戦力として有り難いわけだし、彼がいる状況は不快というわけではない。
「ふうん?」
それだけを応えると直枝は、手元の書類に目線を落とした。素っ気ない所作に僅かに苛立ちを覚える。理由は不明。奇妙なことに、覚えたそれを自分の中に仕舞っておくことが出来なかった。
「直枝も物好きね」
そんな言葉が思わず口を突いて出た。
「へ?」
直枝はこちらを見て目を丸くした。
「何がさ?」
「なんとなくよ」
「なんとなく、って……」
困り顔の直枝を見て、内心ほくそ笑む。これでおあいこ、というところだろう。
夏前くらいか。世界と二木さんの混乱が、まだ収束していない感じです。
それにつけても、虚構世界はどうにも難しいですネ。