みおはる試作:パーソナルスペースについて

 ノックの音に、はい、と返事をすると、ドアが薄く開いて、客人がちょこりと顔を出した。ふう、と一つため息。手に持った本にしおりを挟んでこたつに置くと、

「いいですよ、三枝さん」

 言って立ち上がる。チェーンを外して――鍵は開いていてもチェーンは常にかけるのが私の主義だった――客人、三枝さんを部屋に招き入れる。三枝さんはいつも通りのうっすらとした苦笑いだった。『バスターズ』のあつまりでは決して見せないその顔。それを知っているのは、もしかして私だけなのかも知れない。別に大した優越感もないけれど。

 時計はもう10時を回っていて、さすがの三枝さんも、そうそう五月蠅くはしない。あの事故以来、三枝さんは少し温和しくなった印象だ。単に二木さんを困らせる理由がなくなったのかも知れない(もっとも、それでもムードメーカー兼トラブルメーカーという立ち位置は全く揺らいではいない)。

「さすがに、あてられますか」

「だよねえ」

 声をかけると、三枝さんは、やはは、と笑ってみせる。

「ゆっくりしていってください。あとは本を読んで、寝るだけですから」

「いつもすまないねえ、みおちん」

「それは言わない約束ですよ」

 言って私は本を取ると、続きを読み始める。ミヒャエル・エンデ、『はてしない物語』。夢の世界への、行きて帰りし物語、だ。

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 あの事故の後、直枝さんと二木さんが晴れてカップルになったのは、私たちが退院する少し前くらいのことだっただろうか。

 事故の初動救助活動の指揮を執った、当学園のヒーロー&ヒロインとくれば、これはもう祝福するしかない。事後処理に当たることになった2人は、そんなに長くはなくとも濃密な時間を共有したであろうし、現実に起こったことだけを勘案しても、それは全く不思議ではない。そう――どうやら彼らは『覚えていない』らしい。

 あの奇怪なる輪廻の世界を覚えているのは、どうやら私と三枝さんの2人だけのようだった。

 そんなわけで、三枝さんは時折、私の部屋に来てはため息を吐き出して帰って行くようになったのだ。

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 特に二人で、突っ込んだ話をするでもない。私はいつも通り、本を読んでいるだけだ。ただ、その空間に三枝さんがいるのは、不思議と嫌ではなかった。余り人を近づけない私にしては、珍しい。部屋にあげるとなれば尚更だ。

「うーん……ワルシャワ条約機構……?」

 よく判らないことを口走るのにも慣れた。三枝さんの頭の構造は、どうやら常人と少しずれている。連想力が並外れているのだ。今の言葉だって、一体何から前世紀の東西冷戦にたどり着いたものやら全く判らない。その種の書籍は、今は本棚の見えるところにはないはずだ。

 もっとも、そんなところが、飽きないとも思う。

 それに、『バスターズ』の中にいても、三枝さんと話すことが多くなって、私の口数も些か増えた。悪い気はしない。もしかしたら似たもの同士なのかも知れないな、とはぼんやりと思う。共通項のくくり出しを敢えてしようとは思わない。そんな関係もいい。

 しばらくして三枝さんが帰っていくと、私は本を閉じて部屋の電気を消す。することがなくなった気がしたのだ。

 ベッドにはいると、携帯が震えた。

『みおちん今日もありがとーっ!>ヮ<』

 しばらくその文字列を見つめてから、

『またいつでもどうぞ。おやすみなさい。』

 とだけ返信した。送信してから、少し素っ気なかったかも知れない、と思い直したが、後の祭りだ。今度はもう少し、文面をひねってみても良いかもしれない。

 ありがとう、おやすみなさい、三枝さん。

 そう呟くと、目を閉じた。


樫田レオさんのツイートで、僕の中で西園さんの株が急上昇中。そーいやみおはるコンビって結構好きだったなと思って書いてみた。

世界線の設定は、例によってよくわからん具合になっていますネ。


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