軍神様がみてる

「かたじけのうござるーっ!」
「無念なりー……」
 さわやかなバトルの掛け声が、澄みきった青空にこだまする。
 バスターズの名の下に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、剣の薙ぐ死線をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない右手が握るのは、丸められた新聞紙。
 スカートのプリーツを乱し、黒いセーラーカラーを翻らせ、1ミリ秒たりとて同じ場所には留まらないのが戦場ここで生きのびる秘訣。
 もちろん、安全地帯に逃げ込んだつもりで不意を討たれるような、はしたない戦士など存在していようはずもない。

 はずもないのだけれど。

 現実は非情、よもやここなら見つかるまいと潜んだ職員室の掃除ロッカーを、三枝葉留佳は如何なる嗅覚を以てしてかかぎ当て、二人の逃走者のうち片方を葬り去ったところなのである。

「まったくこまりんはダメダメだねっ!」
「うわああん、はるちゃん容赦ないよっ」
「さあて、次はおまえだこのわんこめ〜ッ!!」
「わふーっ!?」
 神北小毬が三枝葉留佳の一撃で沈められるのを、為す術もなく見守っていた能美クドリャフカが、飛び上がって廊下の方へと脱兎の如く走っていった。
 集団戦ではなく個人戦なのだから、神北小毬と能美クドリャフカが対決したっていいはずなのだけれど、彼女達二人はあくまでの専守防衛に努めており、その本土防衛のための邀撃戦闘でも全敗を喫する有様だった。要するに、二人合わせてカモネギ状態である。

 三枝葉留佳は、意気揚々として能美クドリャフカを追った。
 神北小毬に次いで、能美クドリャフカを陥とせば、残るのは棗鈴、来ヶ谷唯湖、西園美魚の3人。その中に3人のうち誰かが残りの二人を陥として、それが自分をも陥とすシナリオを阻止すれば、自分の勝利は確定である。
 残る3人がそれなりの強敵であることを考慮すれば、ここで能美クドリャフカを陥としておくことは、戦略上極めて重要な価値があった。

 が。

「わふーっ!?」
 三枝葉留佳が廊下に飛びださんとするその瞬間、能美クドリャフカの悲鳴が校舎中に響き渡った。三枝葉留佳は反射的に体を丸め、走る勢いそのままに、受け身の態勢で廊下に転げ出た。同時に、その頭上数ミリを兇器が薙ぐ。

 悲鳴の発信源と兇器の軌道、そして僅かに漏れ出でる殺気から、敵の座標を理性4割本能6割で算出し、その射程距離外に何とか脱出する。立ち上がると同時に新聞紙ブレードを構え、第二撃に備えたが、意外にもそれはやってこなかった。
 そこに立っているのは、三枝葉留佳の予想通り、来ヶ谷唯湖そのひとだった。
「追い打ちなし……ですか、姉御」
「大和撫子たるもの、正々堂々と勝負をかけるものだ」
「にしては、迎撃する気満々でしたよネ?」
「それはそれ、これはこれ――だよ」
「相変わらず、ムチャクチャだなあ……」
「たのしいは正義だ。かわいいと同じくらいにな。そして」
 来ヶ谷唯湖は、すっと右足を踏み出した。
「私は君の悲鳴を上げる姿もかわいいと思うぞ。それは正義だよ、葉留佳君」
「そんなキャラじゃないですけどネ、わたしは」
「そのギャップがいいんじゃないか……ッ!!」
 横一閃の斬撃、すんでのところバック転でかわす。予備動作無しで繰り出される来ヶ谷唯湖の剣は、神出鬼没のそのふたつ名に当に相応しい。
「アブナイ、アブナイ。油断してたらやられちゃうよ……」
「それは認識が甘いぞ、葉留佳君」
「?」
「攻撃は既に始まっている――!」
 三枝葉留佳は、その声にはっとして、何者かのスタンド攻撃を受けている可能性がある、とばかりに素早く辺りを見回した。
 そして気づく。一瞬で顔から血の気が引いた。
「し……新聞紙ブレードがっ!!」
 三枝葉留佳の右手に握られたそれは、今まさに、ぼろぼろと崩れていくところだった。
 まるで、何か細いワイヤーでその芯まで切り刻まれているかのように――。
 いや、違う。三枝葉留佳はその現象の正体を直感した。
「振動――!!」
 その言葉を聞いて、来ヶ谷唯湖は完爾と笑う。
 来ヶ谷唯湖は、三枝葉留佳がバック転でその斬撃を避けた隙に、その剣に返す一撃――超振動の破壊技術を叩き込んでいたのだ。
「よく見破ったな。さすが私の妹分だけはある。頭が回るところは褒めてやろう」
「ついに姉御に褒めて貰えるとは、こりゃァいよいよ私の命運も尽きた、ってとこですかネ……」
「いい覚悟だ。だが容赦はしないぞ」
 そして、来ヶ谷唯湖はその新聞紙ブレードを頭上に構える。天の構えだ。
 対する三枝葉留佳には、防御策はもうない。せめてもの抵抗にと、ポケットに手を突っ込んだが、そこにあるはずのビー玉がなかった。来ヶ谷唯湖に隙はないのだ。
「行くぞ。討ち取ったり――!!」
 裂帛の発声とともに、来ヶ谷唯湖は飛んだ。そして――

 恐るべき金属音と閃光がして、来ヶ谷唯湖は受け身を取って廊下に転がった。奇しくも、三枝葉留佳が数十秒前にしたのと同じように。
「い、一体……何デスカ? これは……」
 廊下に尻餅をついた三枝葉留佳が呆然と呟く。
 そして、視界に入った廊下の壁にあるそれに気づいて、目を剥いた。

 新聞紙ブレードが壁に突き刺さっている

 だがそれは、来ヶ谷唯湖のブレードではないようだ。彼女のそれは、突き刺さっているそれに貫かれ、廊下の壁に縫いつけられている。
 どこかから飛んできたブレードが、来ヶ谷唯湖のブレードを直撃し、手からもぎ取り、廊下に串刺しにしたのだ。

 そして、ぴんと真っ直ぐに廊下の壁に突き立っている謎のブレードは、唐突に、重力に引かれてぐんにゃりと曲がった。
 鋼鉄のようだったそれが、まるで自分が新聞紙であることに気づいたかのようだった。

「NYP……」

 立ち上がりながら、来ヶ谷唯湖はぼそりと云った。

「美魚君か……いや、それにしては力の使い方がおかしい。物理攻撃は彼女のガラではない」
「NYP!?」
 三枝葉留佳がワンテンポ遅れて反応した。
「みおちんの! いや、みおちん以外の!?」
「ああ、あれは間違いない、NYPだ。だが、この学園にNYPの使い手が二人もいるなんて……」
 来ヶ谷唯湖は、未だに尻餅をついたままの三枝葉留佳を庇うようにしている。ゲームは終わっていないが、この状況は異常だった。想定外の要素が絡んでいるならば、それこそゲームどころではない。

 だが、ふとなにかの気配を感じたか、来ヶ谷唯湖はにやりと笑った。
「そういうことか」
「あ、姉御……?」
 三枝葉留佳は視線で説明を求めたが、一方の来ヶ谷唯湖は奇妙な言葉を口にした。
「葉留佳君、君はつくづくお姫様だな」
「へ? お姫様って……何言ってるんデスカ?」
 状況について行けない、という顔をする三枝葉留佳は、しかし、廊下の向こうから姿を現わしたそれを見て、そこで何が起こったのかを一瞬にして理解した。
 その人影とは――
「お……お姉ちゃんっ!?」
――その人影とは、他でもない、二木佳奈多その人であった。
「たとえ来ヶ谷さんであろうと――」
 彼女は云った。
「――葉留佳に手を出すのは、この私が許さないわよ……!!」


続く……か?

なお、「軍神」と書いて「マーズ」と読みます。


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