「またあとで、学校で(百合)」

 時間軸の現在特異点が収縮弾性限界点に縮退すると、莫大なコンテクストエネルギーの解放とともに春の始まりの季節へと飛んで、その断絶が私の断絶と一致した。

 目覚めたのはベッドの上。三人部屋、私、葉留佳、四葉さんの居室の朝だった。
 一番早く起きるのは私、葉留佳は概ね私に怒鳴り散らされて(場合によっては、より直接的でかたちの残らない暴力とともに)起きる。四葉さんはその間に黙って起きだし、私たちを醒めた目で観察しているのだ。

 今朝は違う。

 私はそっと、一番廊下側のベッドに歩み寄り、そこで眠る葉留佳の顔を見やった。表情は読めない。それが『昨日』からの時空連続体だったとしたら――私の怖れがそっと囁くが、無視した。関わっては居られないし、それに、

 たとえもしそうだったとしても、私の為すべきことは変わらない、

 そうでしょう? 自らに問いかけると、首をすくめて、私の怖れは私の深層へと姿を消した。

 四葉さんに気づかれてはいけない。声を出してもいけない。それでいて、私の想いを100パーセント、誤解の余地なく伝達する必要がある。義務がある。時計を確認する。午前4時47分。残された時間は少ない。私は直接的な手段に訴えることにした。

 私はそっと葉留佳の布団を捲ると、その間に我が身を滑り込ませ、葉留佳を抱きしめた。ひたすらに強く。

 そんなことをしたのはいつ以来か。
 遠い遠い昔、まだ私たちが、これから迎える過酷を知らなかった頃か。

 葉留佳が呻き声を上げて、瞼を僅かに開いた。
 その瞳孔が私の顔を捕らえ、きゅっと縮むのに約0.7秒。
 開きかけ、声を発さんとするその唇を私は、強引に奪った。葉留佳の後頭部に片手を回し、それが離れないようにがっちりと固定する。
 無論、その声で四葉さんが起きないようにする必要に迫られてのことだ。

 鴉の数羽が時折遠くに鳴くほか、音もない朝だ。梅雨入り前のじんわりとした空気も真冬の凍り付いた空気もないこの時期、音の他の刺激もない。静謐である。
 その静謐に、ばたばたと葉留佳がもがく布団の音だけが存在している。

 私は口づけをしたまま、その背中を撫でる。
 何度も繰り返し、できる限り優しく。
 葉留佳がその意図を理解するまで、根気よく。

 やがて、時間跳躍直後の混濁が去ったか、葉留佳の瞳に理解と歓喜――これは私の欲目ではないと信じたい――の色が浮かんだ。私は葉留佳の唇を離さないまま小さくこくりと頷き、ついで右手を葉留佳の背中から離すと、その人差し指を口元に当てた。Be quiet. 葉留佳はうんうん、と二度頷いた。良い子だ。

 時計を確認する。午前4時51分。そろそろ危ない時間だ。名残惜しいが、私は葉留佳をもういちどしっかりとハグすると、その唇を離した。

「またあとで、学校で」

 ちいさく云うと、振り向きもせず自分のベッドに戻る。背後の葉留佳の気配は敢えて反応しないことにした。

 布団に潜り込むと、あと5分ほどで次の戦術を考える必要があることに気づいた。四葉さんに気づかれるわけにはいかない。いつも通りの朝を迎える必要がある。つまり、私は葉留佳を起こす必要がある。いつも通りに。

――果たしてそんなことができるものか?

 疑問もしくは不安が脳裏に広がった。もちろん演技をするわけだが――私はようやく気づいた――このめちゃくちゃににやけている自分に、そんなシリアスな演技ができるものだろうか?
 自らの感情に安堵と爆発的な喜び、そして好意的な失笑を同時に覚えながら、私はそんなことを考えていた。


ガチ百合?

後の暴走の萌芽が見えますね!


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