『〜獄門島〜』異聞:SAN値ロールだよ二木さん!(バッドエンド、18禁)

注意:
・精神的エログロです。18歳未満の方やその手のものが苦手な方はご遠慮下さい。
・バッドエンドです。
・ラヴクラフトです。いあいあです。
・この断章は『二木佳奈多と獄門島の夏〜三枝家殺人事件〜』の没シーンを基にしていますが、
 このような展開および設定は、完成したそれには一切含まれていません。
 ボーイミーツガールでハッピーエンドで非ファンタジィの清々しい作品となっておりますので、未読の方は先入観を持たれませんよう。
 (↑自分で言うな)

以上、エクスキューズでした。















































 斎場の裏、三枝家の聖地、卑奴羅の岩屋。その入口で僕たちは対峙していた。
 両手両足の腱を切られ、身動きの出来ない僕の喉元にサバイバルナイフを突きつけ、奴は恫喝した。
「二木佳奈多……いやさ、三枝佳奈多!!」
 二木さんは黙ったまま、奴を睨み付けた。
 鋭い刃は既に、僕の首の皮に……いや、その1ミリ下の肉に一閃の傷をつけて、赤い血が滴っている。脅しではない、という明確な意思表示だった。

 反抗の気配がないと見るや、奴はにたりと笑った――気配がした。
「そうだ、三枝佳奈多。おとなしくしていれば、こいつは解放してやる」
 云うと奴は、サバイバルナイフにほんの僅か、力を入れた。新たな痛みが走り、二木さんが叫ぶ。
「直枝!」
「動くな!」
 奴は鋭く叫ぶと、ナイフをまた僅かに動かす。頭がくらくらとした。もう何度目かになる痛みが、いつ頸動脈に達するものか、僕には想像がつかない。
「やめなさい!」
 二木さんの言葉に、奴は今度は思わせぶりな言葉を返した。
「お前の背後にある洞窟、それがどういう意味だか判るな?」
 その言葉に、二木さんが静かに吐き捨てた。
「……禰呉吽と卑奴羅がまぐわう岩屋。おぞましい儀式の場所ね。一体何をしようって言うの?」
「安心しろ、お前が想像しているような野卑な事じゃない」
 恐るべき事に、奴の言葉には、不思議な真実味があった。そうだ、こいつは――今までの言動から察するに――もっと気が違っている奴だ。ある意味では、人間を超越した、異次元の存在にも思える言動があったじゃないか。やはりと云うべきか、つづく奴の声は、歓喜に満ちていた。
「そんな低俗なことではなく――喜べ、圧倒的で驚嘆すべきことが、これから始まるのだ!」

--------

「さあ、卑奴羅たる三枝佳奈多、お前はこれから、卑奴羅の岩屋に入るのだ……早く!」
 奴の叫びに、二木さんは黙って洞窟の中に足を進めた。2歩、3歩……その姿が次第に闇の黒の中に溶け込んでいく。
 殆どその姿が見えなくなったあたりで、奴は声を出した。
「いいだろう。そこから動くなよ、三枝佳奈多」
そして、ナイフを持つのと反対の手で、ポケットから何者かを取りだして見せた。箱だ。

 箱?

 嫌な予感がした。
 奴は器用なことに、その箱を――不均整な形状で、非地球的な生命体を象った奇怪な装飾が施されている――片手でぱかりと開いて見せた。

 そこには――ひとつの巨大な結晶らしきものが納められていた。
 見覚えがあった。伊豆元島資料館の『那言<ナコト>写本』に関する書籍に、古い写真が載っていた、あれは――何てことだ!
 不揃いなかたちの吸いこまれそうな漆黒に、燃え上がる赤い線が刻まれているそれは、捻双角錐……輝く捻双角錐<トラペゾヘドロン>!!

「二木さん逃げて!」
 喉元のナイフも忘れ叫ぶが、
「五月蠅い!」
 奴は僕を突き飛ばすと――腱が切られた僕は、受け身も取れず、無様に地面に突っ伏した――捻双角錐<トラペゾヘドロン>が収められた箱を洞窟に力一杯投げ入れた。
 一歩遅れてその正体に気づいたか、二木さんは洞窟の外に駆け出そうとしたが、時既に遅し――奴は哄笑をあげながら、岩屋の入口の鉄扉を力一杯閉めると、がっちりと閂をかけた。鈍い、世界が閉ざされる音がした。
 直後、内側から体当たりをするような音が聞こえたが――それは明らかに絶望を意味していた。

「二木さん! 二木さんッ!!」
 僕は繰り返し叫んだが、やがてそれをかき消すかのように、洞窟のなかから、まるで異次元の音が聞こえてきた。
 ぐじゅる、ぐじゅる……まるで湿ったようななにかが蠢いている――!!
「ひッ」
 鉄扉の向こうで、二木さんが息を呑んだ。
見たのだ。
 恐らくは、それを――闇に浸され、その門たるを取り戻した輝く捻双角錐<トラペゾヘドロン>より来たりし、究極の混沌、沸きかえる冒涜、闇を彷徨う字寿子<アザトース>を!!

「いッ……嫌ぁ……!!」
 二木さんの力の抜けた震える声、僕は何か言おうとしたが、その瞬間頭が弾け――気がつくと地面をのたうち回っていた。
 赤、ただひたすらに赤!!
 暴力的な聞こえない轟音、余りにも狂った超理性の雄叫びが、脳髄に直接叩き込まれて、僕は完膚無きまでに打ち据えられ、打ちのめされていた。
 その向こうに、恐怖と嫌悪に満ち満ちた声が聞こえた。
「ひぃっ……嫌ッ!」
 ぞわり、ぐちゅるるる、と、それが動く音がした。
「やだ、やめて――やぁッ!!」
「ふ、二木さ……」
「ひあぁぁ――ぎゃぁッ!! ッは……がァあ!! ああああッ! あ゛あ゛あ゛あ゛」
 その声が絶叫に変わった。
 忌まわしき深淵のこの世ならぬ音――音じみた何かが、二木さんのあげる絶叫と無調律の不協和音をなし、無拍子の狂乱を奏でる。
 聞こえることだけで、何かおぞましいことが起こっているということを理解した。余りにも明白に。
 がん、がん、と鉄扉が叩かれる音がした。
 音ならぬ音の恐るべき狂騒のむこう、声帯の限界をとうに超えた叫びに、僕を呼ぶ声が時折混じった。
「嫌ああああ! かはァッ、 な、直枝ッ……あがァァァァ!!! あ、うああああああああああ!!!!」
 二木さんは、鉄扉のすぐ向こうにいる。それなのに、僕に出来ることときたら、何ひとつなかった。絶望だ。

「す、素晴らしい……!!」
 奴は感極まったように云った。震える声だった。
「ついに復活したのだ。三枝家に封じられてきた、これぞ我々の神! 禰呉吽が祀り、卑奴羅を捧げる、この世界の全て――そのものたる字寿子<アザトース>だ!」
「や、やめろ……!」
 僕は地面に倒れ伏したまま声を上げたが、奴は僕の方を一顧だにせず、ただ鉄扉のほう、卑奴羅の岩屋のほうを一心に眺めていた。両目から涙の滂沱たるを溢れさせてすらいた。僕は確信した。余りも遅い確信だったが――こいつは完全に狂っている。

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 冒涜的な宴がどれだけ続いたか――陰湿な沸きかえる音が絶頂に達し――二木さんは喉の奥から、声と、声ではない何かと、そして声にならぬ絶叫を、ひときわ高く絞り出した。長く、あまりにも長く。

 やがて異次元の音が急速にしぼまり、沈黙が訪れた。喉の枯れきった二木さんのあげる声は、最早しなかった。

「終わったか……」
 まるで儀式をやり遂げた宗教者のような、登頂に成功した登山家のような清々しい顔で、倒れ伏した僕を軽々と掴み挙げると、奴は鉄扉に向かった。
 そのそばに僕を放り出すと、
「安心しろ、もう三枝佳奈多は用済みだよ」
 云って、閂を外すと、鉄扉を開いた。
 その隙間から、二木さんの姿が見えるや、全く力を失ったように、ふらりとこちらに――外の世界に――倒れ込んできて、一切の受け身を取らず、どう、と倒れ伏した。
 奴はそれに興味も示さず洞窟の中へと消えた。輝く捻双角錐<トラペゾヘドロン>をとりにでもいったのだろう。僕にとってはそれこそ、どうでもいい話だ。そんなことよりも――

「ふ、二木さん……」
 体の動く部分を無理矢理に使って、二木さんに躙り寄った。
 その姿は、いつも通りの二木さんだった。
 服が破られるでもなく、傷や打撲があるでもなく――まるで一切の外傷はないように見えた。体は温かく、脈も呼吸も感じられた。
 だが、ひとつだけ、二木さんの様子がいつもと違った。一点――余りにも決定的な一点。
 それは、目の輝きだった。
 二木さんの瞳孔は完全に開いていて、全く焦点を結んでいなかった。精神は完全に正気を失い、その目は濁りきっていて、この世界の一切の何物も、もはや映してはいなかったのだ。


やっちまいました。おとなのかいだんのーぼるー(違う)

で、やってみると、やっぱり難しいもんですね。いい勉強になります。そしてファンの方には大変申し訳なく。どうか夜道で襲わないでください。。。

なお、本来の輝くトラペゾヘドロンは、アザトースではなくナイアルラトホテプの化身です。アザトースにしたのは、漢字とその存在態様によるものです。フィーリングで設定を勝手に変えるのもどうかと思ったのですが、まあ、そこはそれということで。お許し下さい大H.P.L.。


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