死屍累々の朝と二木さんの自意識における尊厳について

 死屍累々の朝だった。

 ベッドから半身を起こすと、まず目に入ったのは、こたつで仲良く寝ている鈴と小毬さんだった。僕の勉強机に寄りかかってタオルケットにくるまれているのは、クドと葉留佳さん。クドの額には定番、「肉」の字が黒くくっきりと刻まれている。誰の犯行か、考えるまでもなかった。
 上のベッドから聞こえてくるのは、真人のいびき。謙吾は――と時計を見ると、もう6時前だった。黙って朝の自主練に出かけたのだろう。

 僕が起きたのに気づいたか、ベッドの柱に背を預けた西園さんが、本から顔を上げて
「おはようございます」
 と言った。
「おはよう、西園さん……惨憺たる有様だね」
 鍋こそ仕舞われているものの、空いた缶瓶類、コップに皿に空の菓子袋、ビニール袋……果ては来ヶ谷さんが持ち込んだ御禁制の飲料の残骸までもが転がっている。
「リトル・バスターズですから」
 淡々と応える西園さん。
「こういうの、大丈夫なの?」
「もう、慣れました」
「はは……」
 苦笑い。ここで本の世界に没頭できるのは、相当なものだよ、西園さん。

 扉が、きい……と静かに音をたてて、入ってきたのは恭介と来ヶ谷さんだった。
「おかえりなさい」
 西園さんが淡々と言う。その口調からして、出かけていったのも知っていたようだ。
「ああ、ただいま」
 西園さんに応えてから、恭介は僕の方を見た。
「起きたか、理樹」
「うん……どこに行ってたの?」
「飲み物と軽食を調達しにな。それと朝の散歩だ」
「たまには悪くないものだぞ、少年」
 来ヶ谷さんが猫の目で言う。
「うっはうはのサバトもいいが、冬はつとめて、とも云うからな」
「あんまり不穏なこと云わないでね……」
 一応釘を刺すと、来ヶ谷さんは、はっはっ、と笑った。
 そのまま二人、こたつに入って、戦利品を出し始める。お茶漬けのもとと、ご飯――たぶん、冷凍を解凍したやつだ。そういえば学食のおばちゃんとコネがあると、いつか言っていた。
 なるほど、給湯室のお湯を使えば、たしかにこんな朝に相応しい朝食になる。
「いいだろ、理樹」
「うん。完璧だよ」
 応えると恭介は満面の笑みだ。

 西園さんはといえば、手元の本に戻っている。こんな朝は、やはり吹雪の山荘だろうか。

 そういえば。

「恭介」
「何だ、理樹」
「あの……二木さんは?」
「ん?」
 ちょっと不思議なものでも見る目つきで、恭介はこっちの方を見た。
 来ヶ谷さんがその隣で、くっくっ、と笑う。
「なんだ、まだ寝ぼけているのか、少年」
「えーとな、理樹」
 困った顔の恭介が、頭を掻いた。
「その……足元を見てみろ」
 言われるままに目線を動かして――硬直した。

 そこに二木さんがいた on my bed. オンマイベッドというか on me 状態だった。いやむしろ、僕は上半身を起こした状態で、二木さんは僕にしがみついたまま寝ているわけで、いささかスラングな表現をすればon myselfといいますかうわぁッ!!

「んぅ……直枝……」
 妙に可愛い寝言が聞こえた。自分が自動的に反応した。いわゆる朝なのだよ今は二木さんッ!!

 目を剥いた僕に、来ヶ谷さんが爽やかに話しかける。
「なかなか面白いものを見たぞ、少年」
 西園さんがちらりとこちらを見て言う。
「気づいていなかったんですか?」
 恭介は、気を取り直したか、やれやれといった風にサムズアップをしてみせた。
「まあ、お似合いだぜ、理樹!」
 グッドエッチッ!?

 その二木さんが、もぞもぞと動いた。
「ん……」
 声を上げた。こ、ここで起きるのか!?
 まずい――いかな二木さんといえども、このシチュエーションを恭介たちに見られるというのは、耐え難いか……!

 どうする少年、とばかりに来ヶ谷さんがこちらを見ている。
 ここは男の踏ん張りどころだぞ、と――!

 ええい、ままよ!
 僕はがばりと二木さんを抱きしめると、そのまま布団の中に潜り込んだ。寝たふりである。
 間一髪、二木さんが意識を取り戻したのはその直後だった。
「〜〜〜〜〜!!」
 声にならない声が聞こえた気がした。ついで、

 パァァァァァン!!

 と景気のいい音が部屋に響き渡った。
 頬が灼熱する。完全に予想通りの平手打ちだ。
「直枝……」
 ひどく殺気だった低い低い声。寝起きのせいだけではなさそうだ。
「あ……二木さん、おはよう……?」
 理不尽とはこの事か、と朦朧とする頭で思いながら、ともかく二木さんの自意識における尊厳は守られたのかも知れないなと、そこだけは安心しておくことにした。

 もちろんそのあと、公衆の面前でなんてふしだらな! と散々に罵倒され尽くしたのであったよ。
 やっぱ理不尽かなって思った。おしまい。


鍵領域周縁の神々の一柱たるZENさんの、2010年正月絵、それからはるかな絵を見て思いつきました。

バスターズと絡む二木さんは、もっと広げる余地がある気がするなあ。


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