特に、棗先輩の前では。

 ノックの音がして、がらりと引き戸が開くと、入ってきたのは、棗先輩だった。
「よう、理樹、それに二木」
「恭介、どうしたの?」
 直枝が席を立った。
「それが、スクレボの設定資料集の件、どうなったかと思ってな」
「ああ……」
 棗先輩の言葉に、直枝は微苦笑を漏らした。
「このまえ発注したって言ったでしょ?」
「それからどれだけ経ったと思ってるんだ」
「まだ1週間だよ」
「1週間もか……」
 大げさに肩を落として見せる。
「なあ理樹、今時、Amazonで注文したら、どんな本だって3日もあれば手元に届くぞ? しかも今回のお宝<ターゲット>は何と、押しも押されぬ人気漫画、スクレボの設定資料集なんだぜ――!」
 熱く語り出す棗先輩に、まあまあ、と直枝がいなす。
「届いたら、一番最初に教えるからさ」
「絶対だぜ、理樹?」
「判ってるって――少しは信用してよ」
 信用――いや、信頼か――はもちろんしているのだろうが、スクレボにかけては、まるで子供か井ノ原みたいだ。この先輩は。
「もちろんさ。信じてるぜ、理樹。いやぁ、持つべきものはまさに寮長の仲間だな!」
「まったく、調子いいんだから……」
 ばんばんと背中を叩かれ、直枝も些か困り顔だった。
「別に良いけど……」
 手に持った書類をとんとんと揃えて、私は口を挟んだ。
「あんまり直枝を困らせないでくださいね。それと、直枝も公権力を必要以上に私的目的で振るわないこと」
 ばつの悪そうな顔で振り向いた直枝とは対照的に、棗先輩は悪びれる様子もなく言い切った。
「俺が無理を押し通すのは、二木――スクレボに関することだけだ!」
「どうだか」
 冷たく言ってやる。それから、
「……ま、丸く収まっているうちはいいですけどね、あんまり周囲の反感、買わないでくださいよ」
 付け加えた。
「その辺りは抜かりないさ。それに、いざとなったら二木にも頼るつもりだぜ? なにしろ二木も、我らがリトル・バスターズのメンバーなんだからな」
「はあ……」
 思わずため息が漏れた。
「あーちゃん先輩といい、棗先輩といい……どうしてこう、エキセントリックな先輩ばかり巡り逢うのかしらね」
「あら、誰がエキセントリックですって?」
 皆が声に振り向くと、そこには今し方話題に上がったばかりの前寮長、あーちゃん先輩が、口に手を当ててくすくす笑っていた。
「天野か」
「なにそれ、随分なご挨拶じゃない?」
 淡々とした棗先輩に、あーちゃん先輩はむくれてみせる。いつもながら、随分と感情表現が豊かな人だ。

 特に、棗先輩の前では。

「で、棗君のお目当ては、もしかして……これ?」
 悪戯そうな目つきで、あーちゃん先輩は背中から一冊の本を取り出して見せた。
「うお、天野!? それは!」
 棗先輩が仰け反る。それはまさしく、棗先輩も喉から手が出るほど熱望していた、『学園革命スクレボ』の設定資料集だった。
「あーちゃん先輩、それ、どこから持ってきたんですか」
 尋ねると、
「いやー、寮長室宛の荷物が届いててね、ここは前寮長としての義務感が沸々と湧いてきてね!」
「それで、荷物を勝手に開けたと」
「拙者、お代官様のお手間を省いて差し上げようと愚考いたしました次第にござりまする」
 狂言みたいに戯けてみせるあーちゃん先輩。本日の第二号ため息がスタンドを直撃した。やれやれ。
 一方の棗先輩は、手をわなわなと震わせながら言った。
「な、なあ、天野……それ、貸してくれないか?」
「ふふうん?」
 優越感を顕わにして(なんて子供!)、あーちゃん先輩は猫のように目を細めた。
「寮会の規約だと、こういうのはまず、娯楽室に持って行かなきゃいけないんだけどね〜」
「お、おい、理樹……」
 加勢を求めるが、直枝があーちゃん先輩に勝てるはずもない。
「ま、まあ……規約だと、そうだよね……」
「まさか……う、裏切るのかっ……俺を……」
 ガーン、とか、ドーン、とかの音響効果がして、棗先輩が青ざめた。
「あら、直枝君も、なにかトリヒキみたいなこと、してたの?」
「い、いやぁ……」
 たじたじだった。
 まったく、芯は強いくせに、8割くらいは押しが弱いんだから。
「ところで、あーちゃん先輩?」
「ん? なに、かなちゃん?」
「かなちゃんって呼ばないでください……じゃなくって、規約の話をするなら、寮会宛の荷物は、誰が開けるんでしたっけ?」
「う……」
 あーちゃん先輩、額から汗。私を前に、少し遊びすぎましたね。
「まあ……あの……寮長、よね?」
「で、今の寮長って、誰でしたっけ?」
「かなちゃんと……直枝君?」
「疑問符つけないでください。あとかなちゃんって呼ばないでください。それで、今この荷物の封が解かれているのは、果たしてどうしてでしょうね?」
「うう……」
 すっかりしょぼくれて、あーちゃん先輩は小さく云った。
「ごめんなさい。私が悪かったです」
「ということで」
 私はスクレボの設定資料集をあーちゃん先輩から取り上げると、棗先輩に渡した。
「お、おお……」
 棗先輩は、一瞬状況を理解できないようだったけれど、
「二木! 判ってくれるか!!」
 言って飛び跳ねんばかりの勢いだ。
「勘違いしないでください」
 向き直って言う。
「寮会の一員たる棗先輩に……」
 段ボール一杯の書籍を指さす。
「……これを娯楽室に持っていって、本棚に並べておいて貰えないかと思いまして」
「何を言ってるんだ、お安いご用さ!」
 なるほど、と直枝が感心の顔をする。こういう人の使い方は、直枝はしないほうだった。
「それじゃ早速、行ってくる――恩に着るぜ、二木!」
 棗先輩はそういうと、段ボールと彼のお宝を抱えて、いそいそと娯楽室に向かっていった。

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 足音が去ると、うなだれっぱなしのあーちゃん先輩が、よよよ、とばかりに机の脚にすがりついた。
「うう……」
「自業自得ですよ、あーちゃん先輩」
「でも、恩に着るって――かなちゃんってば、おいしいところ全部持って行っちゃうんだもの……直枝君だけじゃ不満だっていうの!?」
「まさか」
 そんなつもりは毛頭ない。
「でも、あーちゃん先輩、あのあとどうやってオチをつけるか考えてました?」
「オチ?」
 きょとんとして鸚鵡返す。
「ぜんぜん?」
「はあっ……」
 ため息第三号しかも満塁。コールドゲーム級だった。
「あのですね、言っておきますけど、ボケとボケはかみ合いませんよ」
「確かに、ツッコミ役は二木さんしかいなかったよね……」
 直枝が合いの手を入れた。ナイスフォロー。
「もう少し、考えたらどうですか?」
 言って、少し考えて、付け加える。
「その、もし……本気、なら」
「……」
 あーちゃん先輩は黙って椅子に座って、顎に手を突くとそのままぐったりと机に突っ伏した。
「天野先輩、とりあえずお茶でも」
 直枝がいつの間に、お茶を準備していた。
「二木さんもね」
「ありがと」
 直枝と二人、あーちゃん先輩の前に座る。
 お茶をすする。暖かいこれの有り難さが身に染みる季節だ。
 要するに今は11月も半ばで、
 あと半年もせずに――

 あーちゃん先輩と棗先輩は、この学園を去ることになるのだ。


瀧川的には、りきかなの周縁だと、恭介×あーちゃん先輩のイメージ(っつーかお話)になるです。理樹×鈴だと、恭こまになるんですけどね。

書き始めたら何か、つづく、みたいになっちゃったけど、現状ノーアイディアです。


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