あーちゃん先輩うじうじと悩む

 寮長室を辞して自室に戻ると、上着を脱ぐのも面倒になり、そのままベッドに突っ伏した。
 深い深い息を吐くと、ぐったりと力が抜けていき、私の体はまるで軟体動物のようにぐんにゃりとした。

『もし、その……本気、なら』

 その遠慮がちな言葉の意味を勘ぐって、たぶん自分はひどい顔をしているのだろうなあと思う。

 耳年増というのはあくまでも結果に対する評価だ。まあ、おばさんくさいという私の特性をかえって武器として使っている自覚があるので、耳年増というその評価自体は別段気にもしないのだが……その原因に対する評価を自ら行ってみると、そこには暗鬱たる自虐ワールドが待ちかまえている。

 要するに私は、へたれなのだ。

 行動しない理由なんて、いくらでもつけられる。そのいわば権利を行使する人間を、へたれという。
 理由のたとえば筆頭は神北さんのことだ。
 神北さんと棗君。
 耳年増……もとい乙女のカンが、二人のあいだにただならぬ関係性があると告げている。
 そもそもあの棗君が、下の名前で呼んでいることからして怪しい。法則に従うなら「神北」と名字で呼び捨てにするところだろう。何なんだ一体。

……思考が熱を帯びてきて、それが嫉妬からくる熱だと気づいたときほど、自分が情けなくなる瞬間はない。
 思考がぐるぐると際限なく落ちていく。

 本気なのか。
 本気だと思う。
 たぶん。
 それならなぜ、行動に移さないのか?
 そりゃァあれよ。
 あれですよ。
 軽口をたたき合うくらいには仲のいいクラスメイトなのだ(もしくはそれを演じてきたのだ)。
 振られるのが怖いからに決まっている。
 それに、なにしろ自分が神北さんに勝てる自信なんて、微塵もないのだ。
 ほかの誰かなら、あるいは勝てる自信がある子もいるにはいるが、しかしまあ、彼の周りの女の子たちの魅力的なこと!
 家庭科部の後輩の能美さんにかなちゃん、三枝さんだって、私にない魅力を――些かはた迷惑<エキセントリック>なきらいがあるが――持っている。我が女子寮の子たちだ。それくらいの事は知っているのだ。当然。
 まったく、両手に花束もいいところじゃないか。
 わたしのようなおばさんが混じれるような隙が、果たしてそこにあるのか。
 たとえあったとして、私が選ばれるようなことがあるのか。

 思考がどん底まで落ちる。いつものように。

 勝ち目のない戦いを続けられるほど、私は強くない。
 そう定義づけてしまうのが自分だとは、頭では判っているのだけれど……。

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 鍵もかけられていないドアをそっと開き、天野前寮長の部屋を覗き込んでいた能美クドリャフカと二木佳奈多は、ドアを閉めて顔を見合わせた。
 二人とも、どーせごっそり凹んでいるんだろうとは思っていたが、想像よりずっと重傷気味の前寮長の姿を見て、若干辟易している。引き気味ともいう。

「天野先輩……あれは本気ですね……」
「全くだわ。まったく……」
「わふー……」

 放っておいても進展がないであろう事は容易に想像がついた。
 知らないわよ、と二木佳奈多は思わないでもなかったが――

「佳奈多さん」
「なによ、クドリャフカ」
「何とか、しましょう」
「何とかって、何をよ」
「決まってます。天野先輩のことです」

――はあ、とため息をついた。
 クドリャフカならこう言い出すだろうと、最初から判ってつれてきたのだ。
 要するにそれは、迂遠な自分の意志のかたちにほかならない。
 本当に、やれやれ。
 思いながら、二木佳奈多は口を開いた。

「ま……まずは情報収集からかしらね」

 その言葉に、能美クドリャフカは、わふーっと小さく飛び跳ねた。そしてこれまた小さく、しかしはっきりと、言った。

「みっしょん・すたーと、なのですっ!」


みっしょん・すたーと!

そして、初の新型ポメラのアウトプットです。これは夢のマシンとか魂のデバイスとかの類だ……うはあ。


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