鍋がおおかた空いて、皆の興味が食べ物からカードゲームに移ると――そこでも魂を賭ける戦いが繰り広げられるところが、さすがリトル・バスターズといったところだ――私はグラスを片手に壁際にもたれ掛かり、ほう、と一息をついた。
「おなかいっぱいですねえ」
クドリャフカがにこにこというと、私の隣に腰を下ろした。
「いや、普通にラーメンとか500円だろ!?」
井ノ原が絶叫した。どうやら棗先輩の一撃で撃沈され、ドベが確定したらしい。
いつものリトル・バスターズの週末である。
これでも学生寮だ。
人を集めての鍋のコスト・パフォーマンスは圧倒的に我々を魅了する。
リトル・バスターズの面々であろうと、人の人たる所以であるところの空腹から逃れるすべはない。
「ところで佳奈多さん、薫製の作り方って知っていますか?」
「はぁ?」
私は思わず聞き返す。
「いえ、卵の薫製、おいしかったなあと思いまして。自分で作ることができないものかなぁと」
そういえば今日は、鍋の添え物に、卵の薫製が出てきた。どうやら持ち込んできたのは西園さんらしい。趣味だろうか。
「結構簡単に作れるらしいですよ」
言うのは当の西園さんだ。
「フライパンに網を強いて、その上に薫製にする物を置きます。そして網の下にチップを入れて蓋をする。後は20分から30分で出来上がりです」
「わふーっ!」
クドリャフカが目を輝かせる。
「それはべりーいーじーなのですっ!」
「私も試したことはありませんが」
淡々とした口調の西園さんだ。
「西園さんは、料理もするの?」
「いえ、ただ、食べ物がおいしい物語は、素敵ですね。自分で作ってみようと思うほど、腕が良くないのが悲しいところです」
「その薫製の作り方も?」
「はい。猫に関するおもしろい短編に出てくるのですが……作者の傾向からして、たぶん、本当にそのやり方で作ることができると思いますよ」
「……」
クドリャフカはちょっと空を見つめていたけれど、一つうなづくと、
「西園さんっ」
妙に気合いの入った声を上げた。
「なんでしょう?」
問われてクドリャフカは、
「明日一緒に、薫製を作りましょう!」
「明日……ですか?」
目を丸くして西園さん。
「その話に出てくる薫製は、何の薫製なのですか?」
「卵と……ほかには鶏肉ですね」
「それなら、材料は簡単に手に入りますねっ!」
クドリャフカは、勝利、とばかりにぐっと手を握りしめた。
「……」
「やりましょう! せっかくですから!」
西園さんはクドリャフカの言葉に気圧されていたけれど、やがてゆっくりとうなづいた。
「そうですね、せっかくですから……」
「わふーっ!」
クドリャフカが西園さんの両手を握って上下に降る。
西園さんは、心なしか嬉しそうだ。珍しいことに。
そのやりとりを眺めながら、私はふと思う。
西園さんの珍しい表情を引き出すこの場に……あーちゃん先輩を連れてきたらどうだろう?
そもそも西園さんも、ふとしたきっかけでリトルバスターズに関わるようになったのだと聞いている。私も、最初は葉留佳の姉、というだけの存在だった。それが今ではこの有様。この場にいない私なんて、想像できない。
そう、あーちゃん先輩も、ここに馴染むことができれば、まずはほかの皆と同じスタートラインに立つことができるのではないか?
自分のアイディアに、妙に心が躍った。
よし、と私は思う。
「明日、ですよ。西園さん!」
「は、はい……」
そう、明日。
私も明日、すぐにでも動いてみることにしよう。
私はそう心に決めたのだった。
せっかくだから俺は、この(ry
鍋のコストパフォーマンスは異常。『死屍累々の朝と二木さんの自意識における尊厳について』のときはスペシャルイベント的な描写をしましたが、こういう日常的鍋もありかなぁと。