『リトルバスターズ』

「ねえ、直枝」
「なに?」
「リトルバスターズって、何なの?」
 へ? という表情を浮かべ、ついで直枝は
「どういうこと?」
 と質問を質問で返した。私の疑問をそのままぶつける、かなり乱暴な問いだ。仕方のない展開ではある……が、私はこれ以上の説明を抜きに、直枝がどう答えるかが知りたかった。
 そう伝えると直枝は、ううん、と暫く唸って考え込んだ。
「……よく判らないけど……よく判らないって事はよく判ったよ」
「でしょう?」
 それこそ、我が意を得たり、だ。疑問を共有するのが、この手の疑問の第一歩目なのだ。
「何か、とっかかりみたいなものはないのかしら?」
「とっかかり、ね……たとえば」
 直枝は指でひとつ、ふたつと数え始める。
「悪を成敗する正義の味方、野球チーム、それから、風紀委員会に目をつけられているお騒がせ集団……ううん」
 首を振った。
「今やどれも、うまく当てはまらないね」
「そうなのよ」
 最後のはちょっと……と思うけれど。
「でも、何で今その話を?」
「直枝、リトルバスターズに『加入する』って、いったい、どういうことだと思う?」
 訊くと、どれほど予想外だったのか――直枝は目を白黒させた。
「ええと……二木さんに関しては、野球の練習試合があったから、なんていうのかな、『加入』については割と明確なラインがあったよね」
「そうね」
 直枝に(それから宮沢に)誘われ、野球チーム『リトルバスターズ』の練習試合に出場したのが、直接的にはその切っ掛け。
 寮長室ではない、彼のそもそもの居場所であるリトルバスターズでの貌に、最初は僅かな嫉妬を覚えたものだけれど、彼らと一緒に過ごすうちに、それは雲散霧消してしまった。我ながら現金なものだ。
 ともかく、私のきっかけは非常に明白で、直枝もそれは判っているはずだった。
「念のために付け加えておくと、私がリトルバスターズの一員なのかどうか、とか言っているわけじゃないわよ」
 直枝はほっとしたような表情を見せて、それからすっと表情を切り替えて、云う。
「……それじゃあ二木さん、一体何について悩んでるのかな?」

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「……というわけなのだけど、直枝」
「うん」
 直枝は慎重に頷いた。
「なんて言うか……リトルバスターズ<ぼくたち>って、どういう理由で集まってる……っていうのがないんだよね。野球をはじめたのも、この春のことだし――敢えて言うなら、そうだね、理由は恭介かなぁ」
「棗先輩、ね」
 確かに彼は、リトルバスターズの中心人物ではある。もう一人の中心人物たる直枝にその自覚がなければ、リトルバスターズというのは要するに棗先輩と仲間たち、ということになるだろう。
「だからこそ、リトルバスターズ<ぼくたち>のなかに、誰が入ってきても問題はないんだけど……そこに天野先輩が来るっていうのも、不思議じゃない。恭介とは知り合いだし、リトルバスターズとは別に僕たちの先輩でもあるわけで」
「理由はいくらでもつけられるわね」
「そう、理由だけはつけられるし、その理由の正当性は誰にも判断できない。リトルバスターズの、なんていうか……資格? みたいなものって、どこにも書いてないからね」
「でも、何かしらの、明文化されていない基準があるはずだ、と」
 直枝は黙って頷く。
 とても難しい問題だった。

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「ひとつ、思ったことがあるんだ」
 直枝が慎重そうな声で言った。
「なに?」
「確信はないんだけど……」
 言葉尻が消える。黙って続きを促す。
「さっき二木さんは、練習試合がきっかけだ、って言ったよね」
「ええ。事実そうだわ」
「でも、それは何て言うのかな、なにかの原因から自然に導かれる結果だった、と思うんだよ」
「もっと深い理由がある、と?」
 自分のことを言われているのだが、敢えて客観的に返す。
「いや、そんなそれこそ深い話じゃないんだ。ただ、僕たちの間で練習試合の話が出たときに、自然に二木さんの名前が出てきたし――ああ、これは本当に、誰が言い出したか覚えていないんだけど――話を聞いた二木さんも、随分と素直に喜んでくれたよね?」
「ちょっと引っかかる言い方ね」
「いや、別にそんなつもりは……」
「いいの、判ってる。続けて」
「うん……」
 気を取り直したように直枝は咳払いをする。
「つまり、練習試合の話が出るずっと前から、僕たちは二木さんが仲間に入ってくれることを望んでいて、二木さんも仲間にはいることを望んでいたんじゃないか……って思うんだ」
 きょとんとして、ついで顔が熱を持つのが自覚された。その反応で、直枝の言葉が真実だと知れた。
「そ、その、私の話は置いておいて……」
 直枝がにこにこと笑っているのが、どうにも癪だが、それを指摘するのも、もっと癪だ。
「……あーちゃん先輩の話をしましょう」
 しかたないなあ、といった微笑みを浮かべる直枝が、まあ、私は好きなんだろうな……いや、私の話をすべきところではない。ここは。
「うん」
 直枝が頷く。

「二木さん、僕は実際、あとは天野先輩が望むかどうか、っていうところだと思うんだ」
「ふうむ……」
 考えてみれば、直枝、私、それにクドリャフカは、あーちゃん先輩とはこう、もう腐れ縁なわけで。
 あとのメンバーも、全員寮生なのだから、あーちゃん先輩とはそれなりに顔が通じている。というか、色々と悪巧みをするにあたっては、前もって話を通しに来ることの二度三度ではない。
 あとは当の棗先輩はクラスメイトだし……なるほど、あの場にあーちゃん先輩がいても、不思議ではない。
「……そうね。確かに、あーちゃん先輩が望むかどうか、っていう問題かも知れないわね」
「そうすると、あと必要なのは、それなりのきっかけ、だね」
「私の時の、練習試合のような?」
「そう。でも、こうまで寒くなると、もう練習試合もないだろうから……どうしようかなぁ」
 直枝はカレンダーを見て、ついで窓の外を見た。
 木枯らしの季節、枯れ葉が待っている。
 冬が近づいてきている。


部活でも同好会でもない、素敵な居場所、リトル・バスターズ。


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