みおみどイメチェン作戦!

 昼休みのことだ。
 中庭に出ると、
「ねえねえ理樹くんさぁ」
 珍しい人に声をかけられた。
「美鳥か。どうしたの?」
「ちょーっと、相談があるんだよね」
 云うと美鳥は、僕の袖を引っ張る。
「ど、どこ行くのさ?」
「イ・イ・ト・コ・ロ(はぁと)」
 何だか判らないままに引きずられてついていくと、西園さんフィールドが絶賛展開中の、そこはケヤキの木の下だった。
 手にした『暗黒館の殺人』3巻から目を上げて、西園さんは言う。
「直枝さんですか――本当にたよりになるんですか、美鳥」
「女は度胸、当たって砕けろ!」
「何だか酷い云われような気がするけど……どうしたのさ」
「それがねえ、美魚ったら、イメチェンしたいんですって、イメチェン! 死語かよ! 今時三十路でも云わねェよ! って突っ込んだんだけどさぁ」
「そもそもイメチェンなんて云っていませんよ、美鳥」
「あれ、そうだっけ?」
「私は、外見だけでは個体を判別できない状態を解消すべく、容易に個体識別可能なアイコンを模索すべきだ、と云っただけです」
「?」
 美鳥はよくあるRPGみたいに頭上にクエゥチョンマーク・バルーンを浮かべた。
「要するにイメチェン?」
「違います」
「傘?」
「ポータビリティの問題があります。構図が制限されますし」
「メガネ?」
「ネタバレ発言は厳に謹んで下さい」
「構図って発言のメタ性はいいのかってツッコミながら影はどうかという発言を!」
「ネタバレ発言は厳に謹んで下さい」
「音声ファイルを使い回さないでよね!」
「メタ発言は厳に謹んで下さい……って、それは私もやっていましたね、失礼」
「ええと」
 口を挟む。
「要するに、ビジュアルを差別化したいと」
「さっすが理樹くん、そのビジュアルの差別化だよ!」
「判って言っていますか、美鳥?」
「たぶん?」
 再び浮かぶクエスチョンマーク・バルーンに、西園さんは、駄目だこいつ……早く何とかしないと……と首を振った。

 突如、ファンファーレが鳴り響く。
 Gyu!っとGyu!っと……ふしぎ星の☆ふたご姫!?

「『DEATH NOTE』をミステリに分類するかどうかはともかく……」
「偉大なる同志双子がお悩みとあれば、放っておくわけにはいかないわね!」

 音楽に合わせて、大空から二人の少女が舞い降りた。
 その名も恐るべし、二木さん(崩壊後)と、葉留佳さん(もとからネジ飛んでる)の双子コンビだ。

「シナリオの都合上、メガネが使えないとあれば……」
「そりゃぁみおちん、使えるアーティファクトはそのカチューシャに決まってますヨ!」

 二人同時に、異議あり、のポーズでびしりとその頭部に人差し指を突きつけた。

「へ?」
 美鳥が頭に手をやる。
「カチューシャ……ですか。たしかに私たち固有のアーティファクトといえば、カチューシャですが……」
「そりゃあたしだって考えたよ、カチューシャは。でも、小さな飾りをつけるとかは、月屋さんが先にやっちゃってるし……」
「誰だよ!」
 一応突っ込んでおくが、それを全部流して西園さんが続ける。
「色を変える手もあるかも知れませんが、青髪に赤いカチューシャというのがトレードマークなわけですから」
 美鳥も想像を巡らしているようだ。
「R<赤>、B<青>ときたら、G<緑>? 映えないなぁ。C<水色>、M<マゼンタ>、Y<黄色>……K<黒>? あ、W<白>?」
 そして二木三枝姉妹に向き直り、
「ダメじゃん?」
 云う。

 だが、二人は不敵にも笑った。
「甘いわね、さすが想像の中の姉妹」
「実存たるわたしたちには、ま、敵わないデスネ?」
「な、なんだと……」
 その云いように、美鳥が固まった。
「そもそも……」
 二木さんが一歩前に進み出て、演説を始める。
「……色を変えたり、形を変えたりしなければ、個性を出せない……というのがそもそもの間違いなのだと何故気づかん!」
 美鳥はその勢いに圧倒されつつ、反論を試みた。
「だが、どこかのおっぱい魔神でもない限り、制服で個性を出すことは不可能だ! 冬用のセーターは、それこそ神北さん用のアーティファクトになってしまっているし、我々に残されているのは、髪の毛くらいしか……」
 美鳥はそこではっとした。
「髪型のことを云っているのか……?」
 にやり、と二木さんが口を歪める。
「それはエゴだよ! 髪の長い人間に、髪の短い人間の考えていることが判るものか! それとも……嗤いに来たのかッ!? 髪の短い私たち姉妹をッ!!」
「そう警戒しないで欲しいものね。確かに私と葉留佳は、髪型と目の色で――ああ、これは天与のモノだわね、失礼――区別しているけれど、それだけではないわ。あなたは大切な――しかし基本的なものを見落としている」
「き、基本的なもの……?」
 気圧される美鳥に、二木さんは背後からそれを取り出して見せた。
 美鳥が仰け反る。
「そ、それをどこで……」
 二木さんは、赤く、湾曲したそれを軽やかに振った。
「そう、あなたは『数』を見落としている! カチューシャを1つしかつけられないと、そんなことを誰が決めたのかしらッ!!」

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 姉妹が並んでいる。
 同じ制服を着て(本編では、美鳥が夏服、西園さんが冬服だったけれど……って、本編って何だ?)、しかし、その二人には明白な違いがあった。
 カチューシャの数だ。
 美鳥の頭には、深紅のカチューシャが2本、くっきりと浮かび上がっている。まるでスーパーロボットの目の如しだ。
「姉が1つ、妹が2つ。いいものだわね」
 二木さんが満足そうに云い、葉留佳さんが隣で、うんうん、と頷く。
「これでみおちんみどちんも、私たちとオソロイだね!」
 なるほど、二木さんが1つ、葉留佳さんが2つ。そういうことか。
 ふむふむと頷くと、
「納得するなよ!」
 美鳥が激昂して突っ込んだ。
「あたしたちは漫才コンビかッ! っていうかみどちんって語呂悪ッ! そもそもッ!」
 美鳥は、頭から2つのカチューシャをむしり取って、咆吼した。
「こんな使い方あるかッ!!」
「あ、美鳥」
「何よ理樹くんッ!!」
「どっちかがカチューシャを外すとか」
「あ……」
 美鳥は一瞬固まって、それから何事もなかったかのようにわざとらしい怒号を振りまいた。
「こ、これはあたしたちのアイデンティティなの!」
「一瞬『それはありかも』って思わなかった?」
「思わないわよ。それじゃ話が終わっちゃうじゃない」
「置いといて」
 いいながらジェスチャーをすると、美鳥は律儀に合わせてくれた。
「で、巻き戻すわよ……こんな使い方あるかッ!!」
「まあ、ありがちなスタイルに不満がある、というのは判るわ」
「違うしッ!!」
「そこで個性を出すためには、まずは……2つ並べるだけではなく、重ねてみる!!」
 反応したのは西園さんだった。
 美鳥の手からさっと赤いカチューシャ(2つ)を奪うと、×の字のように重ねて、美鳥の頭に装着した。
「な、なるほど……個性が出ます……」
「そうでやんしょ、みおちん!」
「個性が出すぎだっちゅーの!」
「いえ、まだまだよ」
 二木さんは無慈悲にも次の指令を出した。
「次は、左右非対称にする――!!」
 西園さんは目を丸くして、葉留佳さんを見た。
「その非常識で奇矯な髪型……!!」
「なにげにみおちん激しくdisってますよネ?」
「いえ、三枝さんにはお似合いですよ」
「おお、もしかしてはるちん、褒めラレタ!?」
「いいえ、そういうつもりは毛頭ありませんが……」
 さりげに酷いことを言うと、西園さんは美鳥の頭のカチューシャを、ずずっとずらした。
 交点が中心に来ないで、カチューシャの中心から交点からの距離も2つ異なる。歪なバランスが奇妙にアーティスティックだった。
「この非対称なXは……まるでターンX……!!」
 西園さんは、目をうっとりとさせた。
「さすが∀のお兄さん……はッ!!」
 西園さんは何かに気づいたか、慌てて――BL関係以外では珍しいことだ――鞄をごそごそとやった。
 そして取り出したるは――
「カ、カチューシャ!?」
 思わず声を上げた。
「しかも2つ!?」
「キャラクター設定上重要なものは、ちゃんと予備を持ち歩いているものです」
 そして、西園さんは、両手に構えた第2、第3のカチューシャを天高く掲げると、シャキ−ン! とばかりに自らの頭部に装着した。
 その神々しいばかりの形状は、全てを司る、まさに全称記号『∀』!!
「さ、三本も使うとは……」
 二木さんが絶句した。
「ま、負けた……」
 葉留佳さんがへたり込んで呟く。
「美鳥、決まりです。これで行きましょう」
 自信満々に西園さんが言う。
「これなら、誰にも間違えられることはありません」
「よし、それでいこう……ってそんなわけあるかッ!!」
 美鳥のノリツッコミが炸裂した。
「そもそも2つの時点で間違ってるからね!? 美魚騙されてるからね!」
「冗談です」
 云うと西園さんは自らの増加装甲を取り外し、美鳥の頭からも1つカチューシャを抜くと、その髪をととのえた。
「あ……」
「これだけキャラクターが違っていれば、雰囲気だけで判ります。外見なんて、そんなに重要なものではありませんよ」
「お、おお……美魚がまともなことを云ってる……!!」
 美鳥が感動しているが、この小劇場では、どうにもツッコミとボケの立ち位置が逆転してるんじゃなかろうかと思う。敢えてボケる西園さんというのもいいものだけれど。
「それにですね、美鳥、あなたは大切なことを忘れています」
「な、何?」
 西園さんの真剣な目に、美鳥はちょっと引き気味に聞き返した。
「そもそも、あなたは私の想像上の存在なわけですから……識別の必要なんて、最初からないんですよ?」
「うわ、それ言っちゃダメーッ!!」
 想像上の美鳥の想像上の声が想像上に木霊して消えた。
「あれ、誰か何か言いマシタ?」
 葉留佳さんが云うと、二木さんが答える。
「いえ……何か聞こえたかしら?」
「そんなこともありますよ」
 西園さんは淡々と言うと、手にした3本のカチューシャを鞄にしまい、手元の『暗黒館の殺人』3巻に目を戻した。


オチが若干苦しいかなぁ。

ということで、TLで見かけた、みおみどイメチェンの話題に乗っかってみました。月屋(@tsukiya0)さん、スペシャルサンクスです!


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