棗恭介の恋愛観

 こうやってキャッチボールをするのは、随分久しぶりだった。
 放課後、グラウンドの隅で、恭介と二人。お互いウィンドブレーカを羽織ったまま、軽くじゃれ合う程度のボール投げだった。

 はじめて10分くらいしただろうか。体が温まってきた頃、
「で、一体何の話だ、理樹」
 ボールを投げながら、恭介が言った。
 大きく弧を描いて飛ぶそれを、頭上でキャッチする。
「やっぱり……判るっ?」
 投げ返す。
「そりゃぁ……」
 後ろ手にキャッチすると、恭介は指先でくるくると回して見せた。
「何年の付き合いだと思ってるんだ」
 グローブを頭上で振ると、恭介は頷いて、
「よっと」
 ボールを投げ返してくれた。僕から、ってことか。

 少し考えるが……まあ、恭介相手に策を弄しても、仕方がない。シンプルに行こう。
「恭介ってさ……」
 振りかぶって、ゆったりとしたボール。
「気になる人って、いないの?」
「はぁ?」
 驚いた顔をしつつも、恭介はボールをきっちりと受け止めた。
「どういうことだよ」
 帰ってくるボールは少し高めで、2,3歩バックして捕球。そのまま下手投げで放る。
「そのままの意味だよっ」
「っと」
 だいぶ前寄りに落ちるそれを、恭介は危なげなく手を伸ばして捕球。
 姿勢を戻して、
「ふうむ……」
 云って、大きく振りかぶる。
「……野茂とか?」
 飛んでくるのはトルネード。胸の真正面で受け止めた。
 野茂!?
 いやいやいや、そういう意味じゃないからっ!
 心の中で突っ込み、果たしてこれはボケなのかはぐらかしなのか天然なのかと考えながら、投げる。
「……他にはっ!?」
「イチローだなっ!」
 捕球から即座のレーザービーム。慌てて捕球の体制に入る。ギリギリだ。
「それから?」
 放った球は割と高めだ。
「そうだな……」
 何と恭介はどこからともなくバットを取り出しすと、
「ゴジラ……」
 そのままボールにジャストミートした。
「……松井っ!!」
 カキィン! といい音がして、ボールは土手を越えてすっ飛んでいく。
 恭介は手を目の上にかざして、その行方を見守って、やがて云う。
「ホームラン、だな」
 あの勢いじゃ、たぶんボールは川の中だろう。僕は恭介に歩み寄る。
「しかも場外。さすが全員大リーガー、パワーファイターだね」
「合衆国<ステイツ>をなめちゃいけないぜ、理樹」
「恭介は日本人でしょ……」
 云いながら、その様子を窺うが、恭介に冗談じみたところはない。
 それが証拠に、恭介は続ける。
「で、相談だろ。一体、どのあたりを補強したいんだ。実際、一番手っ取り早いのは、練習試合を設定することなんだけどな」
 やはり天然だったか。額に手をやる。
「ええと、そうじゃなくてね……」
 口に出すのは恥ずかしいが……
「要するに、恭介って、好きな人いないのかなって」
「はぁ!?」
 恭介は目をまん丸くして、口をあんぐりと開けた。

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 土手に座り込んで、二人、缶コーヒーをすする。
 川に背を向けて、誰もいないグラウンドを眺めながら。
「恋愛相談ならアテにするなよ、そもそもお前の方が彼女持ちじゃないか」
「そういうわけじゃないけど……恭介の話が聞きたくてさ」
「ふうん」
 懐からボールを取り出し、恭介はそれをもてあそんだ。
「知ってるだろ、お前だって。俺には浮いた話のひとつもないさ」
「ラブレターの1つも、もらったことくらいあるでしょ」
「どうした、理樹。なんだか突っ込むじゃないか」
 意外そうな声だ。
「たまには、ね。」
「ラブレターか……」
 ボールを軽く放り上げる。自然と視線がつられ、そのままキャッチする恭介の手に視線がいった。すらりとした姿からはちょっと想像できない、ごっつりとした手。
「……まあ、そういうのは、ないでもなかった」
「……」
「けど俺は、いい返事はしなかった。別にそいつのことが嫌いってわけじゃなかったが……ああ、念のため、そいつは理樹も知らない子なんだが……なんていうか、それどころじゃなかった、んだよな」
「それはいつごろのこと?」
「まあ、ここだけの話をすると、1年に1回はあった」
「え、それホント!?」
 初めて聞く話だった。
「ホントだぜ。まあ、俺のどこがいいのか、俺は知らないけど……」
 自慢する風でもなく云う。こういうところがいいところなんだけど。
「それどころじゃない、っていうのは?」
「そうだな……」
 恭介は、ふっと遠い目をする。
「やっぱり、鈴のことだ」
 いくらかは予想していた答え。
「俺はあいつの……保護者みたいなもんだからな。たとえ俺が誰かと付き合ったとしても、たぶん俺は、鈴のほうを優先しちまうだろう。それは相手にとって失礼な事じゃないか?」
「まあ、そうだねえ……」
 そんな感じだとは思っていたけれど、改めて本人から聞くと、やはり説得力がある。
「それに……」
 云いながら恭介は、にっこりと笑う。
「俺は、リトルバスターズにいるだけで、充分楽しいからな、別にそういう欲求がしっかりとあるわけじゃない」
「なんとなくはある?」
「そりゃぁ、男だからな。でも、その程度なんだよ、俺は」
「ふうん……『その程度』でも気になる人は?」
「バスターズの女性陣は、みんな素敵だぜ? ああ、二木は別枠な。何と言っても、理樹の彼女だからな」
「なるほど」
 全く恭介らしい。
「で……なんでそんなことを訊くんだ、理樹? 二木とうまくいってないのか?」
「いや……そういうわけじゃないんだけど」
 言葉を濁す。この流れで、あーちゃん先輩の話を出すわけにはいかない。
「恭介を好きになる人は、大変だろうなぁって、二木さんと話題になってね」
 しぜんに言葉が口を突いた。
「大変、か――」
 ふと、恭介が遠い目をした。そして、ぽつりと言葉を口にする。
「そうだなあ。もしそういう奴がいたとして、俺はそいつの相手はしてやれない。そのときは俺は……」
 一旦言葉を切ると、呟くように付け加えた。
「すまん、と云うだろうな」


恭介さんマジシスコン。

ちなみに瀧川的には、虚構世界のことは覚えていない理樹くんなのでした。


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