猫を囲む

「やっぱりクロフォード5世は偉大だな」

 棗さんがクロフの顎を撫でながら云う。寝転がったまま鳴くときに口から時折見える犬歯が、棗さんのお気に入りだった。

「気持ちよさそうねぇ……」

 自分の声に、羨ましげな響きがあることを自覚して、より一層憂鬱になる。棗さんと並んで座り込んだまま、空を見上げた。

 最近は猫が羨ましい。クロフもドルジもレノンも、猫というのは、実に自分を持っているというかなんというか。こうやって棗さんに遊ばれているときですらそう見えるのだから、まあ、これは私の欲目かも知れない。

 シューマッハとファーブルが寄ってくると、クロフは、にゃぁと一声鳴いて立ち上がる。何に興味を引かれたか、そのままどこかに行ってしまった。
 棗さんはというと、寄ってきたファーブルのまえに猫じゃらしを垂らして遊んでいる。その棗さんの背中を登り、シューマッハがその肩にちょこんと座った。

 ドルジがぬぉっと鳴いて(いつも思うけど、コイツは一体本当に猫なんだろうか)、ごろごろと転がってきた。こいつはこいつで、世はすべて事もなし、みたいな顔をしやがるので、別の意味で羨ましい。21世紀の人類のテクノロジーでは雌か雌かも判らないドルジだが、いっそこのくらいおばさんくさくなってしまえば、色々と諦めもつくのだろうか。

 まったく、恋する乙女なんてキャラに合わないこと甚だしい。

「どうした、寮長」

 棗さんがこっちを見上げて言う。

「あ、いえね……何でもないわ」
「そうか、ならいいが」

 言ってファーブルの相手に戻る。棗さんも棗さんで、たいそう猫っぽい。空気みたいなものをかぎ分けるのだ。あるいは表情に出てしまったか。

 別に、棗君の妹、ということでつきあっているワケじゃない。そういう策を弄することができるなら、もう少しくらいは進展しているのではないだろうか。ともかく、棗さんとは要するに猫仲間だ。寮長職を退いてからはとくに、そんな時間が多くなった。

「猫っていいわね……」
「そうだな、猫はいいな」

 ぼんやりとした会話。秋の馬肥ゆる天高い空。ちょっと違うか。

「りんちゃーん」

 少しむこうから声がした。ほんわか神北さんだ。棗さんが顔を上げて、手を振った。

「こまりちゃん」
「こんにちは、鈴ちゃん。寮長さんも、こんにちは」
「ええ、こんにちは」

 今日も神北さんはいい笑顔だ。そのまま座り込むと、棗さんの肩のシューマッハが、ぴょこんと神北さんの前に飛び降りた。

「よしよし〜」

 なでりなでりとする。棗さんと猫も大概絵になるが、神北さんは神北さんで別の味わいがある。絵本か何かから飛び出てきたような図だ。シューマッハもうにゃぁと些か絵本的な声を上げる。

「あのね、りんちゃん」
「なんだ、こまりちゃん」
「恭介さんが、ゾリオンどこにいったか知らないかって」
「ああ、あれか……」

 棗さんが顎に手を当てた。

「そうだ、前に預かって、あたしの部屋にあるぞ」
「やっぱりりんちゃんの部屋かぁ。恭介さんが、ちょっと使いたいって言ってたよ」
「ゾリオンって、あの赤い光線銃だよね?」

 口を挟む。
 棗さんは呆れたような顔をしている。

「そうだ。まったく恭介も物好きだな」
「なんだか、商店街のパン屋さんと対決するんだって言ってたよ〜」
「パン屋さん? おもちゃ屋さんじゃないのか?」
「うん。パン屋さんだって」
「相変わらずよくわからんな……」

 言いつつも立ち上がる。

「……まあ、あの馬鹿兄貴じゃしかたない。渡しに行ってやろう」
「うん、それがいいよ〜」
「どうせあたしたちも巻き込まれるんだろうけどな」

 言葉とは裏腹に、棗さんの顔はとても楽しそうだった。

「それじゃ寮長、あたしは先に帰る」
「うん、せっかくだから楽しんでらっしゃい」
「まあ……そうする」
「寮長さん、またね〜」
「はい、神北さん、また今度ね!」

 棗さんは淡々と、神北さんは天使の笑顔で手を振って、二人は校舎の方へと消えていった。端から見ていても、とてもいいコンビだ。

 まったく、仮想恋敵に設定するには、勝算がなさ過ぎて笑えてくる。帝国海軍の机上演習でもボロ負けするレベルだ。

 にゃぁ、という声に振り向くと、いつのまにかクロフが戻ってきていた。私の横にちょこんと座ると、大あくびをした。

……赤い稲妻ゾリオン、か。

 やれやれ、まるで子供っぽいったらありゃしない。なんであんなのに惚れたか自分、と思い返してみるも、実際自分じゃよくわからない。それが故に恋なのだと客観的には理解できる。盲目とか病気の類だ。

「まったく、あんたたちはいいわよね……」

 クロフに八つ当たり気味の声をかけるけど、彼は我関せずとほなたぼっこに興じるばかりだ。こんなにぼうっとしていて、恋煩いでもしないのかしら。そんなことを考える自分こそが恋煩いなのだと気づいて、私はおもわず苦笑いする。苦笑いというか泣き笑いだったかも知れない。だって、棗君はあんまり遠すぎる。


鈴とあーちゃん先輩の絡みは、かなたんシナリオの冒頭で出てくるくらいだけれど、アレが結構印象的なシーンだったりします。

ねこねこうたうー。


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