風邪ひき直枝君(前編:朝ご飯)

 朝の目覚めは妙に早かった。
 遠くで鴉が鳴いている、静かな朝。
 秋口で、暑くもなく寒くもない、気分の良い朝だった。

 そのままなんとなく布団の中でごろごろしていると、上のベッドで真人がもそもそと起きるのが判った。
 起き抜けのストレッチをすると、そのままベッドから飛び降りる。そして、こちらを覗き込むと、へえ、と目を見開いた。
「何だ、起きてんのか、理樹」
「うん。何だか目が覚めちゃってさ」
「理樹にしちゃ、珍しいな」
 言ってから真人、ちょっと考えるようにした。
「なあ、理樹」
「なに?」
「お前、熱っぽいとか、ないか?」
「熱?」
 結構体調が良いなと思っていたところに、意外な言葉だ。だが真人は、逆に考えるんだ、とばかりに言葉を継いだ。
「いつもと違うリズムってことは、いつもと違う体調ってことだ。どうだよ」
 言われて額に手を当ててみる。ふむ。
「ちょっと、熱いかも」
「どれ」
 真人が僕の額に手を伸ばす。そして触れて一言。
「ちょっとじゃねえだろ。お前、ずいぶん熱あるぞ。自覚ないのか?」
「そんなにかな……」
「そんなにだ。こりゃ、今日は学校休みだな」
 少し羨ましげな声を聞きながら、とりあえず二木さんに連絡しとかないとな、と思う。平常進行だった。あるいは確かに、ちょっと熱があるのかも知れない。

 そのまましばらくうとうとしていると、ノックの音がした。
「はい……」
 返事をすると、ドアノブが回され、姿を現わしたのは二木さんだった。
「二木さん……」
 食堂のトレイを2つ器用に持っていて、それを机に置いてから、二木さんは僕のベッドに腰掛けた。僕もベッドの上に体を起こす。
「直枝、風邪ひいたんですって?」
「実はそうなんだ……真人から聞いたの?」
「食堂にいったら、井ノ原がやたらめったらに注文していてね。訊いたら風邪ひいて寝ている直枝の分だって言うじゃない。どうかしてるわ」
 やれやれとばかりに言う。
「ちなみに注文の内容は?」
「カツカレーとか牛丼とか……肉と油がやたらと多かったわね」
「あはは……真人らしいね」
「笑えないわよ。病人に食べさせるものじゃないわ、消化とか考えないのかしら……」
 呆れたように云う。ほんの少しの冷ややかさ混じりのところが二木さんだった。
「それで二木さんがかわりに、僕の分を見繕ってきてくれた、と」
「直枝の体調に十分配慮してね……食べられる?」
「うん、食欲がないわけじゃないから」
「それならよかった」
 ほっとしたような声で言い、二木さんは立ち上がると2つのトレイを持ってくる。
 僕の分がどちらか、見て判る。おかゆに梅干しに昆布の佃煮。病人食の定番だ。それから焼き鮭と海苔……まあ、朝の和定食のお粥版だった。
「食べられそうなものを食べるといいわ。残すなら私が貰うから」
「ありがとう、二木さん」
「大したことじゃないわ」
 言うと、二木さんは小さく手を合わせ、
「いただきます」
 僕もそれに倣う。

 食べ始めると、思ったよりも箸が進まない。やはり体調がよくないのだろうか。
「おかずはちょっと、重いかも……」
「食べた方が良いけど、無理しない程度にね。どうする?」
「そうだね、半分くらいにしておくよ」
「じゃ半分もらうわね」
 言って、二木さんが焼き鮭の半分を取っていった。
 見ると、二木さんは二木さんで、普通の和定食……いや、主菜たる焼き魚がない。
「二木さん、焼き魚は?」
「遠慮してきた。どうせ直枝が食べきれないだろうと思って」
「ああ、そうなんだ……」
 はんぶんこ、というやつか。それもまたいい……と、そこでふと気になった。
「そういえば、このお粥は……」
 たしか、こんなニッチなメニューは学食にはない。とすれば。
「……もしかして二木さんが?」
「ちょっと火を貸してもらってね。入れ粥(一度普通に炊いたご飯を使って作る粥)だから、味はそんなによくないけど」
 やっぱり。こういうところ、とても気がきく子なのだ。
「ありがとう。助かったよ。たぶん、普通のご飯より食べられてると思う」
「そう思うから作ってきたのよ」
 淡々とした口調だけど、照れているのが判る。
「うん、だから、ありがとう」
「……」
 2回も言わないでいい、とは言われなかった。

 ゆっくりとした朝食が終わると、そろそろ授業という時間だった。二木さんはトレイを1つに纏めて立ち上がると、鞄からビタミンCたっぷりの某飲料のペットボトルを渡してくれた。
「ちゃんと寝ていること。水分は取ること。判った?」
「うん。今日はおとなしくしてるよ。寮会の方は、お願いできる?」
「そんなこと考えなくていいから寝てなさい」
「はい……」
「それじゃ、また昼も来るわ」
 言い残して二木さんは廊下に消えた。

 急に静寂が訪れた。

 そういえば、心なしか寒気がする。なるほど、今日は寒い日だったか……とようやく思い当たった。それに気づかないというのは、やっぱり熱が出てるってことだ。
 仕方ない、寝るとするかな。
 横になると、ふっと眠気じみたものがあることに気づいた。寝不足ではないはずだけど、昼になったら二木さんが起こしてくれるだろうし、それもいいかな。目を閉じると、意識はすぐに遠くなっていく。
 起きたらまた、二木さんと一緒に昼ご飯だな、と思う。


瀧川も何か風邪気味で、うまく筆が走らない今日でした。

仕事は休むわけに行かないしねえ……(笑)


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