起きると時計は2時を回っていた。たっぷり6時間は寝ていたことになる。
昼ご飯は食べ損ねたらしい。
と、枕元にメモ。筆跡は二木さんだ。
「冷蔵庫に果物を入れておいたから、食べられそうなら食べて。 佳奈多」
とりあえず布団を出て冷蔵庫を開けてみると、柑橘類らしきものが皿に盛られていた。おなかのほうは……そんなにはすいてはいないけど、これくらいなら入るだろう。ほぼ水分だし。
ラップを剥がす。一緒に入れられていたフォークは冷たくて、ちょっと気持ちが良い。
そのままベッドに腰掛けて、ひとくち。おいしい。酸味が口に中に広がって、舌と奥歯の方に沁みる。喉が渇いていたことに、いまさらのように気がついた。
そのままぱくぱくとやって、すぐに食べ終わってしまった。体が欲しているというか、今の体調にジャストミート。二木さんありがとう、と遠くに向かって手を合わせた。南無南無。
「なにしてるの?」
声に猛然と振り向く。視認は即座。
「ふ、二木さん……」
ドアの横に、とうの二木さんが、腕を組んで立っていた。
「あの、いや……みかん美味しかったなあ……って」
「南無南無?」
「か、感謝の言葉だよっ!」
「まあ、いいわ」
言ってこちらに歩いてくると、ベッドの僕の隣に腰掛ける。
「食欲はあるみたいね」
「まあ、一応。みかんでちょうどいいくらいだから、普段よりは少ないと思うけど」
「寝ていてそれなら、ちょうどいいわよ」
「うん……二木さん、授業は?」
「ワークシートを埋めて提出してきたわよ。一足早い放課後ね」
「それは……」
くすりと笑う。
「二木さんらしいね」
「そうかしら?」
「さぼらないところが」
「いくら直枝が心配だからって、授業は受けるわよ。不治の病じゃあるまいし」
「うん、そのぶん僕に教えてもらえれば、もっと嬉しい」
「厳しいわよ?」
「望むところ」
「言うじゃない」
二木さんが笑った。最近は二木さんと同じ大学に行きたいという、青春にありがちな不純な動機で勉強をしている僕だ。その辺りの事情もわかってつきあってくれているから、感謝の言葉もない。
「それで、熱は?」
「ああ……計ってないな。今起きたばかりだから」
「どれどれ」
二木さんはその手を僕の額に当てる。ひんやりとして柔らかい。心があたたかい、とは言うものだ。
「……まあ、まだまだね」
「そっか……」
「また夜来るから、寝てなさい」
さすがに、寮長二人がプライベートな理由で部屋を空けるわけにもいかない。名残惜しいけど、と思うのは風邪故の心細さか。
「うん」
頷く。二木さんが立ち上がった。
「おやすみ、直枝」
言って二木さんは廊下へと消えた。
急に静かになる部屋。秋は静かだ。昼に鳴く虫もいない。
ひゅうひゅうと風の音、それに吹かれて散る、かさかさという枯れ葉の僅かなささやき。
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しばらくベッドに横になって、何となく目を閉じないでぼうっとしていた。
こんこん、ノックの音で我に返った。
真人……ならノックなんてしないか。恭介か謙吾かな?
「どうぞー」
声をかけるとドアが開く。意外にも、その姿は二木さんだった。
「どうしたの?」
「追い出された」
どういうことだろう。
「あーちゃん先輩が、代わってあげるから帰れって」
「ああ……」
なるほど、天野先輩らしい。どうせよからぬ想像で面白がっているに違いない。
と、携帯が震えた。
ぱかりと開けると、差出人は、
「天野先輩?」
どうしたんだろう。本文をオープン……
『かなちゃんったら心ここに在らずで全ッ然役に立たないから直枝君にあげる。印鑑捺した書類をそのままシュレッダーにかけるなんて、まるでおかしいわよねえ!』
迸る強い殺気を感じた。
恐る恐る、目線で横を伺うと、二木さんが僕のケータイを覗き込んで、ヤカンの如く真っ赤になっておられた。
「あ……あーちゃん先輩ッ!!」
恥じらう怒号。
そのままばっと部屋を駆け出していこうとするものだから、
「あ、待って二木さんっ」
「何よっ!」
反射的に止めた。
「いやあの……できれば、ここにいてほしい」
「……ッ!!」
9割以上が本音なだけに言う方も恥ずかしいけど、二木さんはよりいっそう顔を真っ赤にした。
つかつかとこっちに戻ってくると、
「いいから布団に入りなさい! 悪くするわよ!」
「判ったよ……」
そのまま横になると、二木さんは乱暴に布団を被せてくれた。そのままベッドサイドに座り込んで、鞄から何やらの本を出すと、せわしなくページを捲り始めた。照れ隠しなのが見え見えだけど、何だか嬉しかったので
「おやすみ、二木さん」
とだけ言って目を閉じた。返事はなかったけど、布団越しに少しだけ身じろぎする感覚があった。素敵な感触だった。
くそう羨ましいぞ直枝ッ!!
彼女が欲しいとき、敢えて彼女を作らずにそれを漫画を描け! という趣旨を、そういや名言ボットで見かけた気がする。至言だなあ。