猫騒動!

 Q:12月と言えば?
 A:クリスマス!

 とまぁ、健全な男子女子たるもの、こう答えるものでなくてはならない。
 家で、寮で、夜景の綺麗なレストランで。
 家族と、友達と、恋人と。
 この地上で行われるありとあらゆるクリスマスが大好きだ、と!

 今年も恒例、バスターズのクリスマスパーティは、例年よりもずっと派手なものになりそうだった。メンバーは随分と増えたし――去年までは5人だったのだ。ちょっと信じられない――ええと、二木さんを入れて総勢11人? これはちょっとしたものだ。
 それでも、寮の二人部屋と言えばそれなりに広さがあるので、場所は去年同様、僕と真人の部屋でなんとかなりそうだ。皆で鍋をつついたりする、いつもの通りとも言う。

 そこにどうやって12人目のゲストをお迎えするかが、僕と二木さんの目下の課題だった。

 放課後の寮長室、ちょうど誰もいない隙を見計らって、戦略会議と相成っていた。

「なにかの恩返し、というかたちをとれれば、一番いいと思うんだけどね」
「できれば、バスターズに関わることで、っていうのがいいいかしら」
「そうだね。でも、僕たち以外に寮長と直接つきあいがあるっていうと……最悪何の理由もなく誘うってのもありかも知れないね」
「目的は見え見えでしょうけど」
 そりゃまあ、僕たちのお節介は、天野先輩自身が一番よく知っているだろう。
「バスターズに対して、だよ」
「『クリスマスに予定がない〜』って嘆いてたから、とかどうかしら」
「あ、それいいね」

「誰がクリスマスに予定がないですって?」
 いいながら寮長室に入ってきたのは、当のご本人、天野先輩だった。
「……あーちゃん先輩」
 天野先輩はそのまま椅子に座り込むと、
「そりゃーあたしはクリスマスに予定のひとつもない寂しいおばさんですよ……」
 恨みがましい声で言う。恋煩いは順調に悪化しているようだ。
「かなちゃんと直枝君は、バスターズでクリスマスパーティーでしょ?」
「あ、はい」
 そのあとに二木さんと二人で夜を過ごすなどと、口が裂けても言える状況じゃなかった。
「それに、その……棗君も来るんでしょ……?」
 言う口調は乙女のそれ。その場に誘って欲しい、というわけではなさそうだ。そこに混じれると、はなから思っていないらしい。
 どうしたものかなぁ……と考えていたときのことだった。

 ばあん、と派手な音がして、寮長室のドアが開いた。
「理樹っ!」
 駆け込んできたのは鈴だった。目を剥く二木さんと呆気にとられる天野先輩を目線で制して、
「どうしたのさ、鈴」
 つとめて平静を装って訊く。
「そ、それが……」
 鈴は動揺したまま、口を開く。

 洗濯室置き場は酷い有様だった。壁から天井まで、びしょ濡れで、洗濯が終わって籠にあげてあるものまで、もう一度洗わなくてはならないみたいだった。
「……」
 天野先輩と二木さんは、その有様に絶句した。これでは、掃除するにもひと手間だ。
「なにがあったの、鈴」
「それが……」
 鈴が話すには、猫のテヅカとホクサイが、なにやら大げんかをやらかしたらしい(すごいカードだ)。勝敗はともかく、テヅカは結構ひどい傷を負っていて、とにもかくにも傷口を洗って消毒をしてやろうと洗濯室の蛇口のところにつれてきたところ、大暴れしたのだそうだ。傷口を流すのは、それはそれなりに痛いだろうが……。
「それで、蛇口に刺さっていたホースのさきが抜けて、こうなった、と」
 しゅんと項垂れたまま、鈴は頷く。
 鈴曰く、上を向いた蛇口にはホースが刺さっていて、その蛇口はひねりっぱなしになっていた。その先につけられたレバーのところで水が止まっていたわけだ。
 ところが、テヅカが暴れて、ホースとレバーの繋ぎ目が外れてしまったと。そうなればもう、ホースは水をぶちまける巨大な蛇だ。洗濯機室が水だらけになるのも頷ける。
「すぐにとめたんでしょ?」
「びっくりして、蛇口を閉めればいいって気づくのにちょっとかかった……」
 しばらく水を吐き出すホースと格闘していたってことか。まあ、びっくりはするだろうけど。
「ごめんなさい……」
 鈴はそれだけ言うと、口をつぐんだ。僕は目線を二木さんに向ける。女子寮長は二木さんだ。しかし、二木さんは(どうするの)とばかりに僕のほうを見返す。鈴と僕の付き合いの長さを知っているが故だろう。しかし、どうしたものか……

 口を開いたのは、意外にも天野先輩だった。
「棗さん」
 鈴は首をあげた。
「テヅカは?」
「わからない……」
 言って鈴は首を振った。
「それじゃ、そっちが先ね。これ、棗さんのでしょ?」
 天野先輩は、いつのまにか手に持っていた救急セットを鈴に押しつけた。
「え……」
「ここはあたしたちがなんとかするから、テヅカをよろしくお願いするわ」
「でも……」
 困った顔で鈴。この惨状を放っておくのは、さすがに気が引けるのだろう。鈴も成長したものだ、と妙なところで感心した。そんな鈴に、あーちゃん先輩は言葉を重ねる。
「棗さんが悪いんじゃないから、気にしないで。それに、棗さんの猫は私の猫って言うじゃない? テヅカは最近、なんだか気が立ってたからね、私も心配してたのよ」
「寮長……!」
 鈴の顔がぱっと輝く。
「ありがとうっ」
「いいのよ、行ってらっしゃい」
「うんっ!」
 鈴はそれこそ脱兎の如く駆け出していった。余程テヅカが心配だったのだろう。

 そして洗濯機室には3人が残された。
「どうするんです、あーちゃん先輩?」
 二木さんが呆れたように云う。
「ま、何とかするしかないんじゃない?」
「はぁっ……」
 ため息。
「そんなことだろうとは思ってましたけど、あーちゃん先輩も手伝ってくださいよ?」
「もちろん。判ってるって……直枝君もね?」
「はい。これでも寮長ですから」
「で、ちょっと直枝君、むこう向いてて貰えるかしら?」
「はい?」
 あーちゃん先輩が、妙ににっこりとした。
「大掃除の前に、ここにある洗濯物、一度あげちゃいましょう。いかに直枝君といえども、オンナノコの洗濯物を触らせるわけにはいかないからね」
 そうだ……ここは女子寮だ! 一瞬で僕は赤面して、壁に向き直ると目を閉じた。背後で、天野先輩の、にゅふふ、という笑い声が聞こえて、二木さんの殺人的な視線が背中に刺さるのが判った。

 もちろん、力仕事に汚れ仕事となれば、概ね僕の出番だった。まさか、真人や謙吾を呼ぶわけにもいかない。洗濯機を動かして、その後ろの壁をぞうきんで拭く。寮会の仕事はこういう地味な仕事が多いから(デスクワークばっかりとはいかないのだ)、慣れたことではある。

 ともあれ、掃除が終わったのはたっぷり1時間以上は過ぎた頃だった。
 日は沈んで、夕食の時間だ。
 掃除道具を片付けて、とにかく女子寮の外まで出てきた。
 寮長室はもう、鍵が閉められてしまう時間だから、途中で荷物は取ってきてあった。諸々残っている仕事はあるが、それは明日片付けなければならないだろう。

 そこに現れたのは、鈴だった。
「お疲れ様、棗さん」
「う……ありがとうございます」
 天野先輩に、おっかなびっくり、それでも鈴は感謝の言葉を口にする。
「で、テヅカは?」
「見つけた。きょーすけにも手伝ってもらって、校庭のの洗い場で傷口を流して、消毒しておいた。今はあたしの部屋にいる」
「そっか。安心したわ。申し訳ないんだけど、しばらく面倒見てくれるかしら?」
「うん……」
 そして、おずおずと切り出す。
「洗濯室は……?」
「万事オッケーよ。あたしたちが片付けておいたわ。」
「ごめんなさい……」
 再び肩を落とす鈴。
「いいのよ、気にしないで。暴れるテヅカの面倒を見られるのは棗さんくらいだから、お互い様よ」
「うん……ありがとう」
 再び感謝の言葉。そして、少し迷ったようなふりのあと、言う。
「あの……よかったら、テヅカの様子を見にきて欲しい」
「もちろん! 棗さんの部屋よね?」
「うん」
「それじゃ、行きましょうか。二木さんは?」
 まあ、僕が女子寮の部屋に上がり込むというのも、問題だろう。
「私はいいです。猫に好かれるタチでもないですし……刺激しない方がいいですよ、きっと」
「それもそうね」
 天野先輩は僅かに笑うと、
「それじゃ行きましょうか、棗さん」
 言って、女子寮に戻っていった。
 そのあとを、鈴がついていく。その後ろ姿は、ずいぶんと懐いているように見えた。

「さて、どうしたものだか」
 二木さんは、やれやれとばかりに笑った。
「何だか、ちょうどいい口実が出来た気がするよ」
「同感ね……ともあれ」
 二木さんは、おなかのあたりを押さえながら言う。
「まずは夕飯をどうするか、考えましょ。おなか減っちゃった」


 鈴が意外なキーパーソン。成長してますねえ!

 さて、そろそろ話が動き始める感じです。


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