猫缶と招待状

 冬の町並みをふたり歩く。お互い、両手の買い物袋にどっさりの缶詰。無論猫缶、相棒は我が偉大なる猫仲間、棗さんだ。
「大収穫だな」
 棗さんが、何度目かの満足を呟く。ペットショップは幸運にもモンペチのゴールデン味(どんな味なのかはよく知らないけど)の大放出で、これだけあれば猫たちも安心して年が越せようというものだ。
「そういえば棗さん、テヅカの調子はどう?」
「悪くない。傷口も普通だし、もうすこしで普通に歩けると思う」
「それはよかったわね」
「手当が早かったからな。寮長のおかげだ」
「気にしなくていいのよ。寮会って、そういうときのためにあるんだから」
「大変じゃないのか?」
 棗さんの口調がすこし変わった。
「大変って?」
「みんなそういうことはやりたがらない。日直とかと同じだ。いや、日直より大変だろうな。そうだろ」
「ま、そうね。楽な仕事じゃないわ」
「それなのに、なんでやってるんだ?」
「そうね……」
 理由はいくつもある。結局そこが私の居場所になった、っていうのが一番大きいかも知れない。人の世話を焼く仕事が性に合ってるっていうのもあるけど。

 それとも、そこがかつて棗君がいた場所だから、だろうか?

「どうした?」
 急に黙り込んだ私に、棗さんの少し心配そうな声。
「いえね」
 真相のバランスなんて判らない。
「なんでだろうなあ、って思って」
「わからないのか?」
「色々あってね」
「そうか……」
 棗さんは、ちょっとだけ遠くに目をやると、
「あのな」
「なに?」
「なんだか具体的にあげられないけど、とにかくみんな、寮長に感謝してると思う」
「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない」
「ほんとだ!」
「ん……ありがと」
 言うと棗さんは、少し顔を赤くした。
「それに、理樹とかなただけじゃ、まだまだ不安だ。寮長には、なんていうのか? ししょー? になってびしびしきたえてもらわなくちゃ困る」
 その妙にお姉さんぶった言葉に、思わずくすりと笑いが漏れた。
「私はオビ・ワン・ケノービ?」
「けのび? 水泳か? こんな寒いのに?」
 ぽかんとした棗さんの顔が可愛い。このために軽口を叩くことが、実は結構ある。
「冗談よ……でもね、棗さん」
「何だ?」
「今の寮長は、直枝君とかなちゃんだからね。もう、ふたりでしっかりやっていけるはずよ。あとは、卒業するまで見守ってあげることしか、私のやることも、出来ることも、それくらいしかないの」
「ふうん、そんなものか」
「そんなものなのよ。実際、この季節になって、まだ寮会に顔を出してる先輩なんて、あんまりいなかったからね。前寮長ならなおさら……」
 そう自分で言ってみて――自分の言葉にはっとした。そうか、もうそんな季節なのだ。寮長継承なんてちょっと前のことだと思っていたのに――。
「そろそろ、お別れしないといけないかなぁ……」
 思いが呟きになって漏れ、12月の灰色の空に吸いこまれていく。

「寂しく、ないのか?」
 ぽつりと棗さん。
「寂しさを背負うのは、先輩の役目だからね。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。若人の仕事は、お祭りよ」
「……」
「……ガラでもない話しちゃったわけ。ごめんなさい。でも、訊いてくれてありがとう。自分が『老兵』だってこと、ちょっと忘れてたわ」

 ただ消え去るのみ。
 幽かな思いの欠片を残して、ただ消え去るのみ――

「寮長」
「……棗さん?」
 棗さんの言葉が私を現実に引き戻した。
「いいことを思いついた」
 その声が妙に自信満々だ。
「いいこと? なにかしら?」
「あのな、寮長は、寮会を辞めたら、リトルバスターズに来ればいい」
「はあ?」
 思わず変な声が出た。なんだそれ。
 棗さんは得々と語る。
「リトルバスターズは永遠に不滅だ。引退とかも特にない」
「でも――卒業はあるわよ」
「それはそうだが、少なくともそれまでは引退はないぞ」
 棗さんの言葉に――ある種の打算もあるのを判りつつ――私は惹かれた。
「……野球をするの?」
「いや、最近はゾリオンが多いが……とにかくこんど、クリスマスパーティーがある」
「クリスマスパーティー?」
「寮長もくればいい」
「行って、いいものかしら?」
「寮長ならみんな大歓迎だ。かなたもそうだった。そうだ、テヅカのお礼ということにすればいい。うん、それがいいな!」
 棗さんは一人で盛り上がっている。
「どうだ、来るだろ、寮長?」
「え……う、うん。せっかくのお誘いだから、そうさせてもらおうかな」
「うむ、それがいい! 決まりだな!」
 棗さんが大きく頷くと、くりっすまーす、くりすますー、と妙な節で歌い始めた。神北さんの癖が移ったのだろうか。
 ともあれ、妙な展開になったものだ――と内心私は頭を掻いた。
 嬉しさ半分、こわごわが半分――まあ、今年のクリスマスは、退屈だけはしないですみそうだった。

--------

 そしてその翌日、棗さんから手渡されたのは、クリスマス・パーティの招待状。なんとバスターズ全員の連名だった。みんなの一言づつのなか、かなちゃんの「普段通りでどうぞ」、直枝君の「みんな待ってます!」、それに、棗君の「期待の新人現る!」が妙におかしくて、私は思わず微笑んだ。


 理樹や佳奈多が動くまでもなく、鈴が自分で誘ったようです。さすが猫仲間は違うぜ!

 そうそう、最近何通か、メッセージを頂きました。まさに多謝! でありますm(_ _)m


戻る