クリスマス・パーティ!(3)

 そんなこんなで宴もたけなわといった頃、ふと思い立って外に出た。花を摘むついでとも言う。

 直枝君の部屋から廊下にを出ると、室内の熱気の凄まじさに気づく。ガラスの内側一面に水滴がついていたからそりゃそうかとは思うけど、それは中にいるときには決して気づけない熱狂だ。
 この時間の廊下は薄暗い、コートを羽織り、きちんとボタンを留めてから男子寮を出る。
 足早に女子寮に入って当初の目的を達成し、また男子寮に戻るあたりで、ふと空を見上げた。

 雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう――

 いましも、闇に閉ざされた空から、ちらちらと、白いものが舞い降りてこようとしていた。
 ほお……と息とも声ともつかぬものが漏れた。

 冬だった。寒い季節。暖かい季節。人肌が恋しくなる季節。春のさきがけ。

「ホワイト・クリスマス、か……」

 そんなロマンチックなものではない。どちらかというと馬鹿騒ぎだ。棗君一味、リトル・バスターズは、こんな日でも変わらない。

 なんとなく、そのまま足が止まる。直枝君の部屋に――リトル・バスターズに戻るのがためらわれた。

 あそこは、あたたかい。どこまでもどこまでもあたたかい。だから、果たしてそこに自分が居ていいのか、全く自信がない。あそこは棗君の王国で、私は私は異邦人であり、もしかすると、あの場所のあたたかさそのものに対する侵犯者だ。だとしたら、そんな暴虐は許されない。

 雪は粉雪、永遠の繰り返しのようにさらさらと降る。ポケットから手を出して空にかざすと、雪は私の体温ですっと溶けて消えた。いっそ、こんな風に消えてしまえればいいのだ。

 じわりと涙が浮かぶかと――その瞬間、

「天野?」

 私を呼ぶ声がした。

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「雪だな」

 彼は――棗君は私の隣に立つと言って空を見上げた。

「初雪かしら?」
「ああ、確か」

 棗君は空を見上げたままだ。

「どうしたの?」
「それはこっちのセリフだぜ」
 ようやく棗君の視線がこちらを向いた。
「なかなか戻ってこないから、どうしたのかと思ったらこんなところで……」
 その語尾が消える。
「子供じゃないんだから、大丈夫よ」
「だからこそって事もある」
「あら、心配してくれてるの?」
「……何だか、やたらとテンション高かっただろ、お前」
 どきりとした。平静を装う。
「そうかしら?」
「緊張すると口数が増えるんだ」
「……」
 よく知ってるわね、と軽口を叩こうとして失敗した。どうやら、これは相当だ。
「せっかくのクリスマスに、鈴が無理矢理誘っちまって……なんか、すまん」
「そ、そんなことない!」
 遮る声が上ずった。棗君がびっくりしたように顔を上げる。
「あ……ただ、」
 何かを言おうとして――ごく自然に、想いが口に出た。
「――棗君、居場所つくったんだなあって」
 ふと、棗君の顔が、優しげな微笑みに変わった。
「ああ」
 小さく力強い頷き。そして、少しばつが悪そうに続ける。
「寮会を抜けちまったのは、その……悪かったといまでも思ってる。すまなかったな」
 その言葉に驚いた。態度でなんとなく判ってはいたけれど、言葉にされたのははじめてだったのだ。一瞬、色々な想いが去来するが、しかし私は意図的に頬を緩めてみせた。
「……いいのよ。そりゃあの時はずいぶん頭にきたけどね、今なら判るわ」
 その場に顔を出してしまえば、嫌でも判ってしまう。棗君が何を考えて、何のために寮会を辞めたのか、その判断が正しかったのかどうかも。
「苦労したのは、主に男子寮長氏だしね。彼の面倒は、裏で見てたんでしょ?」
「まあな」
「だったら言うことないわよ」
 私の淡い恋心を除いて――とは言わない。言えない。
「ただ――」
 今でも思うのは。
「――私も誘ってくれればよかったのにね」
 今度は無言だった。棗君は何も言わず、口元をきゅっと締めた。それが不思議にも……まるで泣きそうな顔に見えた。
「っ……」
 慌てて表情を切り替える。これも意図的だ。
「ごめんごめん! そんなつもりじゃないんだって。冗談よ冗談!」
 手を大げさに振って見せた。
 今のは失言だった。侵犯だった。本音だった。こんな日に――言っていいことじゃなかった。

 棗君は空を仰ぐ。
 雪が降っている。
 降り続いている。

「天野」
 ぽつり、言う。
「な、なに?」
「今日――楽しかったか?」
「――」
 どちらかというと、苦しい、のほうが大きい。だって私は恋をしている。
 だけど、楽しいかどうかと問われれば、それはもちろん答えは決まっている。
「うん――もちろん」
「そっか」
 棗君は――破顔した。そして親指を立てると、言った。
「合格!」
「は?」
 思わず素で突っ込んだ。何だそりゃ。
「何によ?」
「リトルバスターズの入団テストだ」
「にゅ、入団テスト!?」
 ボール投げたりバット振ったりってことか。
 思わず素振りの仕草をすると、棗君は、そうそう、それだ、と笑う。
「えーと、2軍からかしら? それとも育成選手?」
「リトルバスターズは全員一軍だ。しかも、試合があれば必ず出場することになっている」
「私、野球のルールなんてあんまり知らないわよ?」
「それはおいおい勉強すればいいさ。マンガを貸してやるから」
「マンガなんだ……」
 とりあえずマンガで始めてみる。棗君にありがちなことだ。
「とにかく」
 バスターズのキャプテンの顔で棗君は言った。
「入団テストに合格したんだから、明日からちゃんと参加すること。な?」
「明日からって……」
 だって、あと3ヶ月しかないのだ。だが、私の思いを察したか、棗君は言う。
「時間の長さは関係ない。ただ、この青春<いま>を駆け抜けるだけさ」
 その、まるで子供みたいな言いように――
「そう言われちゃ……」
 私は思わずくすりと笑みを漏らした。
「仕方ないわね」
「そうこなくちゃな! それじゃ今日は、天野入団祝いも兼ねて――しまった!」
「どうしたの?」
「そろそろケーキを切るんだって――だから探しに来たんだ。みんな待ちくたびれてるかも知れないぜ」
「あら、それは大変ね」
「行くか」
「そうしましょ」
 ふたり自然に、男子寮へと足を向けた。
 歩き始めると、改めてちらつく雪に気づく。
 男子寮に入る直前、私は口を開いた。
「棗君?」
「ん?」
「メリー・クリスマス!」
 きょとんとした顔が、私の大好きな笑顔になった。その笑顔で、棗君が応えた
「ああ――メリー・クリスマス!」


 ちょっとだけ進展編。次は年末年始のお話?

 次は年末年始のお話?


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