二木佳奈多と直枝理樹のクリスマス・パーティ

 恭介には妙に気を遣わせちゃったみたいで、12月の始めにはもう話をされていた。要するに、リトル・バスターズのクリスマス・パーティを24日の夜に開催することに関して、僕、直枝理樹は一体どう思うか、ということだった。
 そりゃ意識はしてましたよ。意識は。客観的に観測すれば初彼女で初クリスマス、おまけにその彼女さんは二木佳奈多さんであってもう、これ以上どうしようってのか。僕は、僕はもう!
 それはともかく。

「で、どうだ、理樹」

 遠慮がちに問われて、困った。
 とても困った。
 なので、とりあえず自分の欲望妄想諸々はとりあえず彼岸において、二木さんはどうだろうな、と考えてみることにしたのだ。

 二木さんは、バスターズの一員である。明白な境界線がないからそれが一体法的にどういう意味を持つのかと問われれば、筋肉真人ばりの勢いで『意味なんてねーよ! ごめんなさいでしたっ!』と言わざるを得ないのだけどそういうことではなくて、そんなものはなくても一員は一員、要するに僕たちは僕たちなのだ。
 であるからして、まず、バズターズのクリスマス・パーティに二木さんが参加しないなんて事はあり得ない。もちろん、バスターズのクリスマス・パーティが開催されないなんて事もあり得ないから、バスターズのクリスマス・パーティの日に二木さんの他の予定を入れるわけにはいかない。
 かといって、せっかくのクリスマスだ。二木さんにとっては、たぶん初めての平穏なそれ。僕とふたりで過ごす時間も、それなりに期待はしてくれているだろう。

 二木さんだって、ふたりの時間とバスターズの時間、どう都合をつけたものか迷っているに違いない。

 こういうのは、どんな選択をしようと、どこかしらに不満は残るものだ。要するに選択を押しつけられた人が損をする。それなら――

 僕は思い当たった――それを被るのは、他ならぬ僕の責任じゃないか?

 恭介は、黙って僕の顔を眺めている。どうする、とその表情が語る。
 腹づもりは、もう決まっていた。

「うん、24日の夜にしよう」
「そうか」

 ほっとしたように恭介はいい、それから少し真面目な表情で問い直す。

「本当に、いいのか?」
「二木さんには僕から話しておくよ」
「敢えて聞くぞ」
「うん」
「お前達の時間は、どうするつもりだ?」
「前日に、ってのはどうかな。ちょうど休日だし」

 恐れ多くも陛下に感謝である。
 恭介はごく軽く頷いた。

「そうか……それはお前の責任だぞ」
「判ってるよ」
「ああ、じゃ、頑張れよ――24日の夜は俺が手配しておく。色々な」
「楽しみにしてるよ」
「任せとけって!」

 きらりと歯を見せて笑う恭介だった。

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 その23日の夜は、葉留佳さんは実家(もちろん二木の家だ)に帰っていて不在だった。
「あとからたっぷり根掘り葉掘り聞くから安心してよねっ!」
 ということだったので、おいおいそいつァ安心のあの字もねェよ、と突っ込みかけたけれど、これは葉留佳さんなりの心遣いだろう。
 有り難く頭を下げるばかりであった。

 そんなわけで、二木さん(と葉留佳さん)の部屋、僕たちは蝋燭の立てられたクリスマス・ケーキを挟んで向かい合っていた。白い雪みたいにホイップクリームでデコレートされ、その上にサンタクロースとトナカイともみの木のオブジェが乗っかっている。

「それじゃ、メリー・クリスマス」
「メリー・クリスマス」

 静かな季節の夜にふさわしい、小さな乾杯。
 シャンパンのちょっとだけ大人の味が雰囲気を盛り上げた……と思いきや、グラスをちょっと傾けた二木さんがぼそりと言う。

「ジュースのほうがおいしいわね」
「……そうだね、ちょっと苦いね」

 それこそ苦笑。でもまあ、そこのところのストレートさに悪意がないのは判っているし、それを判ってあげるのは僕の独占的な役目だ。

「ケーキは甘いよ」
「もらおうかしら」
「うん」

 せっかくなので頼んだホールケーキは、しかしふたりで食べ切るには多すぎる。小さなものだけど4等分でちょうどいい。皿に取り分けて、残りの二きれは明日の朝ご飯にしよう。ちょっとお菓子の食べすぎかも知れないけど、なに、年に1度のことだ。

 二木さんが小さく一口食べて、

「……おいしい」
「うん、おいしいね」
「……」

 どうしたことか、妙に照れている。

「……?」

 視線で訊くと、二木さんはさらに顔を赤らめて下を向いた。

「……いいじゃない、何でも」

 そういう顔をするときは、大体機嫌が良いときだ(そりゃそうか)。
 まったく、二木さんのこういう顔を見られるというのは、彼氏冥利に尽きるというやつだ。なんであの二木と、みたいな顔をする連中は、まあ、まるで見えてないのだよ、なんて。

「な、なによ……」

 二木さんは髪の毛をくるくるとやりながら抗議した。かわいらしくってまるで抗議になってないあたりがずいぶんとアレだ、僕もひいき目というか、やられてるなあ、という自覚はあるのだ、これでも。

 ともあれ、こんなふうにして、ふたりだけのクリスマス・パーティはひとあし早く過ぎ去っていったのだった。ちなみに、サプライズなクリスマス・プレゼントというのは特になくて、その日の昼のうちに町に出かけて買ったペアリングがそれのかわりになった。もっともそれは、校則に反するという理由で箱にしまわれたまま身につけられることがなく(恥ずかしいからとは言わないのが二木さんだ)、再び日の目を見るのは1年と3ヶ月後のことになるのだけれど、それはまた別のお話。


 りきかなは、プライベートではひたすら穏やかな感じがします。寮会ではこう――激務?

 年末の話が、まだちょっと続きます。


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