静かな年の瀬と大掃除

 終業式は22日に終わっているから、24日の夜、クリスマス・パーティが終われば、寮生のほとんどは実家へと帰る。
 夏休みなれば、クドみたいに学校で趣味に走った実験をするとか、延々図書室で読書するとか、運動部なら部活の練習とか、お盆前後の時期以外には結構残っている寮生も多いのだけれど、冬休みとなればそうでもない。そもそも年末年始の短い休みだし、概ねずっと実家にいる、という生徒が多いのだ。

 そんなわけで、バスターズのみんなも、25日、26日あたりには、ぽつぽつと実家に帰ってしまった。県下有数の全寮制進学校として知られる当校のこと、聞いてみれば、みんなの実家は相当にバラバラだった。東西に広いこの県の、県西の大きな湖の畔もあれば、東の半島という子もいる。飛行機でテヴアに飛んでいったクドなんかは、まあ、例外だけど。
 ともあれ、年の瀬も迫る12月28日、最後まで寮に残っていた来ヶ谷さんが去ると、残されたのは、僕と二木さんのふたりとなった。

 さて、寮会はと言えば、こちらも早々に店じまいとなっていた。
 長い夏休みや(事情は既述の通りだ)、寮生の入れ替わりで地獄の繁忙期となる春休みと違って、寮会の冬休みは一般寮生のそれと変わらない。ごくごく平穏な休みになる。
 基本的な業務は終業式の日には終わって、あとはクリスマス周りのどんちゃん騒ぎにやんわりと釘を刺すくらい。26日になればもう、仕事はないも同然だ。寮長室には僕と二木さんの直通電話番号を張って鍵を閉めてしまった。

 そんなわけで、僕と二木さんは、主に二木さんの部屋で、久しぶりのまったりのんびりとした休日を過ごしているという次第だった。

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「直枝、大掃除しない?」
「大掃除?」

 12月29日、今年も残すところあと3日の遅い朝。
 ご飯に味噌汁に焼き魚、という二木さん好みの朝ご飯を食べながら、そんなことを二木さんは言った。

「大掃除って、どこのさ」
「直枝の部屋と私の部屋。まあ、ここは窓ふきとか、普段しないところの掃除をするくらいだけど、直枝の部屋、まだ片付いていないでしょう?」
「まあ、そうだね」

 男の二人部屋だ、そりゃ、そんなに綺麗ってワケでもない。おまけに、あのクリスマス・パーティの後片付けも、十分じゃない――もちろん、食物類と水回りだけはきちんと片付けてあるけど。

「なんだか、今日は時間がありそうじゃない?」
「そうだねえ……」

 デート……と考えはしたけれど、年の瀬の市は早くても明日って感じだろうし――せっかくだから、混雑を楽しみたい――確かに一日時間がある。

「うん、やってみようか、大掃除」
「その意気よ、直枝」

 二木さんは妙に意気込んで言うと、茶碗を持ち直すと、がっつりと気合いを入れるかの如く食事を再開した。

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 まず最初にとりかかったのは、二木さんの部屋だった。

「前哨戦よ」

 とは二木さんの談。基本的にはきちんと掃除をしているから、表側は特にやることもない。窓と床を雑巾で拭いて、本棚の裏とか普段動かさないものの裏を掃除する。重いものを動かすのにちょっと手間取ったけど、それでも小一時間もすれば仕事は終わった。
 終わると、この3階の窓の外の雪景色と、澄んだ空気に映える山がくっきりと見えた。

「掃除した甲斐があったね」
「そうね」

 言葉少なの二木さんも、満足そうだ。
 腰に手を当て、ふん、と鼻を鳴らす。そして仰る。

「ここからが本当の戦いね」

 そのとおり、戦いが始まった。

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 僕の部屋は、そう物が多いわけじゃないけど、二木さんの部屋に比べたら、そりゃ毎日掃除をしっかりできているというわけでもない。机の隅とかも、見れば埃が溜まっている。見ない事にしてきたツケだ。

「直枝は井ノ原のほうをやって。私は直枝のところをやるから」
「うん、わかったよ」

 一瞬どうかと思ったけど、確かに逆はない。真人の領域を二木さんに見せるのは、ちょっと忍びないし、僕は特段、二木さんに隠す物もない。
 ああ、オトナ向けの本の諸々も、とっくに摘発されて夢の島行きだから、心配する必要はないな……。

「なに遠い目をしているのよ」
「いや、人生の理不尽について、ちょっとね……」
「何よ、それ?」
「僕が真人の方だね?」
「そうだけど」

 ともかく手を動かし始めると、二木さんは、なんだかわからないけどまあいいか、みたいな顔で掃除をし始めた。まあ、彼女に掃除して貰うっていうのも、よく考えてみれば得難いシチュエーションではある。

 気を取りなおして、真人の机の上のものを、ざっと床に下ろす。メインは筋トレグッズだけど、学校の机に突っ込みっぱなしの教科書が、まとめてどさりと置いているのが、ふだんの真人の机にはない存在感だ。

 案の定、隅の方には埃が溜まっている。雑巾を濡らして絞ると、隅から隅まで拭いて、から雑巾で拭う。それなりにぴかぴかになるものだ。今度は、床に下ろしたものを必要に応じて綺麗にしてから机の上に戻す。それから机の周りと、最後に机の下を、濡れ雑巾とカラ雑巾で拭いて、それで真人の机の周りは一通り終りだった。

 隣はというと、二木さんも概ね、僕の机の周りを掃除し終えたらしい。

「本棚もやっておいたわよ」

 見ると確かに、埃ひとつない、というふうだ。

「手慣れてるね」
「そんなに汚れてなかったから。直枝の方が大変でしょう」

 言って真人の机のほうをちらと見た。二木さんの中で、真人がどんな扱いなのかちょっとだけ気に掛かった。想像はつくけれど。

「ともあれ、次は床ね」
「それと、こたつ」
「そう」

 まずはこたつの天板を外して、壁に立てかける。それからこたつ布団を剥がして、窓を開けて――冷たい空気が忍び込んでくる。寒い!――ベランダに出て、手すりに干す。ふとんたたきでばんばんとやると、やはりというか、埃がばらばらと落ちていった。掃除をする甲斐もあろうというものだ。その後ろでは、二木さんがこたつの枠をこれまた壁に立てかけている。部屋に戻ると、こたつの下に敷かれていたマットレスをこれまた持ち上げて、ベランダに干し、これもふとんたたきの餌食とする。
 しばらくそうしてから部屋に戻ると、二木さんがこたつの天板と枠を拭き終わったところだった。

「床をやろう」
「ええ」

 これまた濡れ雑巾で、マットレスに隠されて見えなかった床を拭いて回る。終わったところは二木さんがから拭き。ベッドの下は小さなモップとの合わせ技、さすがに埃がごっそりとついてきた。それでも、そう広くない部屋のこと、それなりに手早く終わらせることができた。あとはしばらく風を通して、それからこたつセットを戻すだけだ。夕方くらいにやればいいだろう。
 ふたり、ベッドに腰掛けて一息つく。

「あとは水回りだけど――」
「さすがに、それは僕がやるよ」
「うん」

 一人部屋ならまだ良いけど、真人と一緒に使ってるわけだから。

「この機会に掃除しちゃいたいところだけど――」

 時計を見ると、2時前。結構な時間だった。

「――お昼にする?」
「食堂は閉まってるわよ」
「そうだったね……」

 冬休みは実家に帰れ、という学校側の意向なのだろうか。

「どうしよう?」
「何か作るわ。その間に、水回りの掃除を済ませちゃいなさいよ」
「そうしようかな。お願いできる?」
「2時半でどう?」
「もう少しかかるかも。でもそれくらい目標で」
「判ったわ。終わったら連絡して」
「うん」

 二木さんが部屋を出て行くのを見送ると、さて、とひとつ気合いを入れる。水回りは面倒だと思われがちだけど、きちんと洗剤を選べば、そうでもないのだ――もっとも、これも寮会の活動で、二木さんから教えて貰った事なのだけれど。

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 結局水回りの掃除が終わったのは2時40分だった。急いで携帯で連絡すると、

「ごめん、ちょっと遅れちゃった」
 『大丈夫、だいたいそれくらいかと思っていたから』

 読まれていたらしい。ともあれ、鍵を閉めると二木さんの部屋に向かった。

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 二木さんの部屋のこたつの上には、ポータブルコンロに火がついて、小さな鍋が置かれていた。鍋? 昼からにしては、ちょっと重いんじゃないかな。
 と、表情に出たか、二木さんがくすりと笑う。

「違うわよ。五目ラーメン」

 蓋を取ってみせる。醤油系の少しとろりとしたなかに、色とりどりの五目の食材が煮えていた。鍋の脇には生ラーメンの袋。

「……いいね、おいしそうだ」
「体も冷えてるし、ちょうどいいわよ」

 言われるとたしかに。体がぶるりと震えた。

「こたつに入ったら?」
「そうさせてもらうよ……」

 いそいそとこたつ布団に体を埋める。至福。
 その横で、二木さんがラーメンを鍋に入れて蓋をした。火力を少し強くすると、

「3分待ってちょうだい」
「うん」

 鍋はことことと音をたてる。二木さんとふたり、こたつに入ってそれを眺める。窓の外には青空、白い鳥が悠然と飛んでいる。白鷺だろうか。

 冬の日だ。

 ぼうっとそれを眺めていると、1年も終わるんだなぁ、と妙に実感が沸いた。大掃除も終わって、もう、今年中にやらなくちゃいけない事も残っていないのだ。

 1年、か。

 今年は色々あった。新生バスターズの結成、修学旅行のバス事故、獄門島事件、ロケットの夏、そして天野先輩の恋――これは継続中か。ともあれ、何て濃密な1年間だったんだろう。

 1年前には、こんな年になるなんて、思ってもみなかった。今、二木さんとこうしていることだって、想像の埒外だっただろう。そもそも二木さんとは知り合ってすらいなかったわけで。

 ふと、来年はどんな1年になるんだろうな、と思う。そろそろ鬼も笑いを顰める頃だ。そして、いや、違うな、と思った。来年は、どんな年にしよう? それは、僕が考える事だった。

 1年後のことを考えた。

 1年後も、こうして二木さんとふたり、穏やかに過ごせていたらいいな、と思う。
 そして1年後もまた、、何て濃密な1年間だったんだろう、と思えていたらいいな、と思う。

 そのために――僕はどうしよう?

 そう思うと僕は、なんだか、とてもわくわくしてきた。素敵な気分だった。
 そんな僕に気づいているかどうか、二木さんは鍋の蓋を取る。ふわりと五目ラーメンのいい匂いが広がる。

「できたわよ」
「うん……それじゃ、いただきます」
「ええ、召し上がれ」

 二木さんとかわす、そんな何気ない会話も、これからやってくる新しい1年を祝福しているかのように、僕には思えたのだった。


 静かなお休みの日、ふたりの生活。寒い日に鍋で五目ラーメンはごちそうです。

 久しぶりに二木さんをちゃんと書いた気がします(笑)


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