年明け、二木家へ行く(1)

 初夢というのが一体どの夢を指すのか、いくつかの議論がある。

 大晦日の夜の夢……つまり元日に目覚めたときに記憶のすみに残っている夢、というのが勘違いされがちな例で、元日の夜に見た夢、つまり2日に目覚めたときに覚えている夢というのが定説だけど、その根拠は「新年になって初めて寝たときの夢」なので、それなら起きたまま年越しをした場合、元日の(少しゆっくりの時間に)起きた時の夢の記憶こそが初夢になるのではないかという気もする。

 ともあれ、最後のケースに該当する朝、気がつくと、特段に夢の記憶は残っていなかった。さわやかな朝だった。ナルコレプシィから目覚めたような漆黒ですらない虚無とは違う。ただ、ああ、新しい年がきたのだなぁ、と思えるような朝だった。

 時計をみる。朝8時。少しゆっくりだ。

 起きあがってカーテンをあけると、抜けるような青空が広がっていた。ガラスの向こうにはきっと澄んだ空気が広がっているだろうけれど、起き抜けの身にはちょっと冷たすぎる気がするので遠慮しておこう。

 ともあれ顔を洗って着替えて、さて朝ご飯はどうしようかと考えているところに、携帯が震えた。電話だ。ディスプレイには「二木佳奈多」の5文字。

「はい、直枝です」
「あけましておめでとう、直枝」
「うん、あけましておめでとう、二木さん」

 まずは新年の挨拶。今年もよろしくお願いします。で。

「どうしたの、こんな朝早く」
「もう8時よ――それは置いておいて、直枝、ご飯まだでしょう?」
「うん。どうしようかって考えてた」
「そんなことだと思ったわ。あの……」

 電話の向こうで、二木さんはちょっと口ごもる。

「どうしたの?」
「あの、ご飯、食べに来ない? お節料理」
「いいの?」
「たくさんつくったから。で、どう?」

 答えを急かす。たくさんあるのは事実だろうけれど(まあ、お節料理だしね)――来てほしいの? とはさすがに訊かない。

「せっかくだから、お言葉に甘えることにするよ」
「よかった」

 ほっとしたような声。僕がそういう誘いを断るはずもないんだけどね。

「何時くらいになりそう?」
「もう着替えてるから、1時間かからないと思う」

 9時ちょっと過ぎ、くらいかな。

「それならちょうどいいわね。待ってるわよ」
「うん。それじゃ」

 ぴっと通話を切ると、ひとつのびをする。のびをすると、年明け早々、二木さんに逢えると、意外なくらいにうきうきしている自分に気がついた。

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 二木さんの実家までは、自転車で1時間弱。電車の待ち時間が判らないときは、こっちのほうが早い。
 まだ人気のない元旦の朝の町、ギアを上げて自転車を駆る。元旦特有の澄んだ空気、遠くの稜線が少し近くなったが如く映える。コートを着込んでいても、さすがに顔に当たる風が冷たい。耳当てでもあればよかったかなと思う。いや、それだとちょっと自転車には危ないか。
 旧街道の車道を行く。長距離トラックはバイパスを行くから、これが一番走りやすいし安全だ。いくつか過ぎるシャッター商店街も、この日この時間なれば、特段の寂しさを醸し出すこともない。

 ともあれ、川を越えて山を少し迂回したあたりが二木さんの家だ。

 旧街道を少しそれて、新興住宅街にはいると、なじみの家がすぐに見える。門扉のところに自転車を止めていると、かちゃりと音がして、家のドアが開いた。

「おはよう、直枝」

 二木さんだ。

「うん、おはよう……っと」

 チェーンの鍵を抜いて、二木さんに向き直る。

「あけまして、おめでとう」
「さっきも言ったわよ、それ」
「そうだったかな」
「電話で――ま、でもいいわ。ことしもよろしくね、直枝」
「こちらこそ、だよ、二木さん」

 笑いかけると、二木さんはふっとそっぽを向いた。


 とりあえず続けてみるテスト。短めですがとりあえずうpする方向で。

 なお、毎日更新の縛りは敢えて外しました。不定期更新となる予定です。


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