年明け、二木家へ行く(2)

 黒豆、田作り、伊達巻に昆布巻に栗きんとん……二木家の食卓に並べられたおせち料理は、なんと殆どが二木さん達の手作りだった。もちろん、カマボコやら数の子やら、どう頑張っても手作り不可能なものについては、市場で買ってきたということだけど、何かしらの調理を加えるものに関しては、これは全部お手製ということだ。

 二木さんが家に帰ったのが30日の夕方だから、まる一日料理のお時間、といったところだろうか――と訊くと、曰く、

「いやァ、大晦日は大騒ぎでしたヨ!」
「騒いでいたのは葉留佳だけでしょう?」
「おお、こりゃまた失礼シマシタっ」

というわけだ。そこへご相伴にあずかっているわけだから、感謝の一言の他にない。

 どれが二木さんの手によるものか――ということに、もちろん特段の区別はない。たぶん、お母さんと3人で料理をしていたわけだから、まさに合作という奴だ。

 それでも、箸を伸ばした先によって、妙に二木さんがちらちらとこちらを見るので、そこは二木さんが力を入れたところなんだろうなあと判る。

「うん、おいしい」

 そう言うと(実際美味しいのだ)、二木さんは何も言わず、くるくると髪の毛を弄る。照れているときの二木さんのクセだ。そのむこうで、晶さんが嬉しさ半分冷やかし半分といったふうに笑っているのが見えた。

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 ご飯が終わってリビングルームで一息つくと、もう時計は11時前といったところだった。食べ始めるのが遅いのだから当然ではある。ひどくのんびりとした、正月元旦の特有の時の流れ。

「そいえば理樹くん」

 抱き枕を抱えて寝ころんでいた葉留佳さんが、うにょりと顔をこちらに向けて言う。

「初詣って行った?」
「初詣?」

 首をかしげる。

「まだだよ。ていうかまだ元旦の朝だし……そうか、葉留佳さんたちは行ったんだよね」
「うん。おねーちゃんと、おとーさんたちと。除夜の鐘をついてきたよ。ゴーン、って。凄い音がしたよ!」

 鐘のすぐそばで撞くわけだから、そりゃそうだろう――と思ったが、葉留佳さんはやたらと嬉しそうで――その様子を見て、僕はようやく思い至った。葉留佳さんたちにとって、こんなにも平穏な正月は、はじめてなんじゃないだろうか……?

 特に、宗教的概念を伴う行為である除夜の鐘なんて、まるで縁がなかったはずだ。昨日の夜は、5人で行ったと二木さんからのメールにはあった。それが如何に得難い光景だったか――ふっと頬が弛んだ。

「……よかったね、葉留佳さん」
「へ?」

 言うと葉留佳さんは、何言ってるんデスカ?、みたいな顔をした。なるほど、ツッコミ待ちのタイミングだったわけだ。

「……いや、耳が潰れなくてよかったねと」
「いやーそれがさ! わーん、って耳鳴りがしてさ、結構大変なんだよ、あれ。ね、おねーちゃん」
「そうね……」

 僕たちの様子を見ていた二木さんが苦笑した。その奥の柔らかな笑み。僕の思うところを、二木さんは理解してくれていたようだった。

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「直枝は行かないの? 初詣」

 二木さんが、ふと顔を上げて問うた。

「毎年、恭介たちと行ってるんだけどね。たぶん、今年も行くんじゃないかなぁ」
「リトルバスターズで?」
「そうだね――」

 リトルバスターズ、か。去年の正月は、リトルバスターズと言えばまだ、恭介たち5人だけだった。でも、今年は違う。

「――みんなで行きたいね。二木さんたちは2回目だけど、いいでしょ?」
「構わないわよ。お祭りみたいなものだし」
「うん、実際、屋台の食べ歩きのほうがメインって感じだよ、毎年」
「それじゃ、本当にお祭りじゃないの」
「あはは……」

 的確なる指摘に思わず苦笑。

「ま、あなたたちらしいけど」

 二木さんは呆れ顔だ。いわゆる秋祭りだって、神事が執り行われているはずなんだけど、屋台を回るくらいしかしないよなぁ……なんて言い訳を頭の中で転がしてみたり。

「まあいいわ。で、いつ行くの?」
「そうだね。恭介たちは4日に帰ってくるって言ってたけど……みんなはどうなんだろう。ちょっと訊いてみるよ」
「お願いね。あーちゃん先輩も」
「もちろんだよ」

 新年早々のイベントだ。天野先輩も万難排して駆けつけてくれるだろう。

「そうだ、おねえちゃん」

 脈絡無しの葉留佳さんが、ばっと飛び起きた。

「何?」
「初詣! せっかくだから、着物で行かない?」

 二木さんが目を剥いた。

「着物って、その、振り袖?」
「もちろん、たしか、あったでしょ?」
「あるけど……」

 もごもご、口籠もる。

「理樹くんはどう思う?」
「え?」
「おねーちゃんの着物姿、見たいでしょ?」

 答えを聞くまでもなしと、悪戯そうに目を細めて、葉留佳さん。

「な、何言ってるのよ……」

 そんなことを言いながら、二木さんの目線はちらちらとこちらを伺っている。恥じらう乙女だ!

「うん……見てみたいな」

 わき上がる感情を抑えめにして言うと、二木さんは再び髪をくるくる、何事かをごにょごにょと呟く。その様子を見て、葉留佳さんは、にしし、と笑った。

「決まり、ですネ!」

 よし、と僕は心の中でがっつりとガッツポーズをした。毎年楽しみな初詣だけど、今年はより一層――眼福を望めそうだ!


 二木家でまったり。二木父母はなんか、描きにくい感じがあります。

 昨日の話も、ここに続くとなると、あーちゃん先輩関係のお話になりますね。分類結構難しい。。。


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