みんなで初詣(1)

 初詣というのは、氏神様――近所のお寺または神社に参るのがそもそもの起りだという。ただ、明治期以後、都市部での鉄道網の発達によって氏神の概念が薄くなって以降、名のある神社仏閣に参る人が増えて、一体初詣というのが如何なる習慣であるのか曖昧になったらしい。ようするに、正月(これも正月三日なのか松の内なのか、論がある)にお参りをする、という以上の縛りはなくなったわけだ。

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「そんなわけだから、こういう初詣もアリなんじゃないかなぁ」
「牽強付会ね」

 新年早々、二木さんの冷たい一蹴が炸裂した。二木さんと一緒にいると、相対的に僕がボケになる。これはコミュニケーション上の必然であって、決して僕がマゾヒストというわけではない。と思う。ともあれ。

「うわぁーっ、もう破けたっ!! おじさんこれ何か仕込んでないっ!?」
「それは三枝のやり方が悪いんだ……よっ、と」
「わふーっ……宮沢さん、もう10匹も捕っています……」

 その二木さんのむこうで、葉留佳さんと謙吾が興じているのは、出店の定番、金魚すくいだった。剣の心は我の心、謙吾のすくい網捌きは、明鏡止水の境地とばかりに圧巻だ。次々と水槽から金魚を掬っていく。

 一方、真人はと言えば、健啖たるがその身の上、お好み焼きにフランクフルト、大阪焼きにおでんにアメリカンドッグと、見かける屋台を片っ端から攻略している。攻略しては道ばたで筋トレを始めるので、ちょっと異様な感じがするけど、バスターズのみんなは慣れたものでツッコミひとつない。

 その横で、これまた買い食いに励んでいるのは鈴と小鞠さんだ。こちらは真人と違って極めて健全な少女趣味、お菓子フェスティバルが展開されている。あんず飴、チョコバナナ、綿菓子にベビーカステラと両手に抱えてほくほくだ。

「しあわせいっぱーい、だね、りんちゃん」
「うん。初詣ときたら縁日であまいものと、憲法でも決まっている」
「お菓子王国だね〜」

 展開される会話もさっぱり女の子だ。女の子というか意味不明。

 さて、遊び回っているのは大体その辺りで、残りのメンバーは、列に並んでお留守番。外回り組の様子を必要以上ににこにこしながら眺めているのは来ヶ谷さん。その隣には西園さんが本(ちらりと見たところ、どうやら一般流通のものではなさそうだ……)を片手に文学少女。

「やはり、和服は乱れてこそだな」

 来ヶ谷さんの不埒な視線は、金魚すくいに七転八倒の葉留佳さんに向けられている。彼女は和装、それがしゃがみ込んで金魚すくいなのだから、通常とは違う気の使い方をする必要があるというのは僕でも判る。まあ、それでも見えそで見えない、という乙女の絶対防衛線が破られる気配がないのはさすがと言ったところ。

 だが、来ヶ谷さんの不埒発言に水を差す者がいた。有明帰りの剛の者、西園さんだ。

「その意見には素直には同意できかねます」
「おや、西園女史は別の見解が?」
「普段きっちりと着こなしていてこそ、着崩れが映えるというものです。見てください、あの宮沢さんの――」

 西園さんの目がきらりと光る。

「――あのほんの僅かな着崩れ。冷静淡々と金魚を掬っているように見えて、そのむこうに見え隠れする童心の為せる技です」
「なるほど、たしかに葉留佳君の立ち居振る舞いは、艶やか過ぎの嫌いがあるな」
「艶やかかどうかはまた別の議論ですが――着崩しの神髄には程遠いですね、三枝さんは」

 西園さんの注釈突きの同意に、来ヶ谷さんは、ほう、と興味深そうに笑う。

「なるほど、さすが西園女史」
「文学少女ですから」

 幽かな笑いとともに、西園さんは静かに言って、それから手元の本に目線を戻した。

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 和服を着ているのは、葉留佳さんだけではなかった。正月に二木の家にお邪魔したときに話したとおり、僕の隣の二木さんもまた、和服。振り袖をきっちりと着こなしているところが実に二木さんらしい。日本髪に結うには長すぎる髪は、いつも通りだけど、それもまた装いに映えて素敵だ。彼氏の欲目込みなのは自覚している。

 そして――一番気合いが入っているのが、リトルバスターズの新メンバー、天野先輩だった。待ち合わせ場所に現れたその姿を見て、恭介なんかは、誰だよお前! と目を丸くしていた。あら失礼ね、と天野先輩はむくれた顔をしてみせたけど、いつもとひと味違う姿を披露した満足か、一瞬あとには猫のように目を細めて笑った。

 なんでも、朝一番に美容室に駆け込んで(もちろん予約でだ)、髪をレンタルの振り袖の着付けと日本髪の結い上げをしてもらったという。いやほんと、誰だよとは言わないけど、どれだけ気合いを入れているんですか、と二木さんと顔を見合わせて苦笑い。まあ、積極的になったのはいいことよね、とは二木さんの談だ。

 一方でやたらと絡まれる恭介は少々困惑気味だった。長年付き合いのある友人の新鮮な姿に――ということだといいんだけど。

「なあ天野、その格好疲れないか?」
「何よ、疲れるってどういうこと」
「いや、なんか、いつもと違う格好するとさ、二木もそうだけど」
「……棗君、本っ当に女心が判ってないわよね。ね、かなちゃん?」

 天野先輩が大げさにため息をついて同意を求めると、二木さんも粛々と頷く。

「それについては同感ですね」
「おいおい、何だそりゃ」

 たじたじとする恭介に、追い打ちの一撃が下る。

「あんず飴」
「はあ?」
「買ってきて。それで許してあげる」

 唐突な(そう見えるだろうな)袖の下要求に、さらに困惑する恭介(珍しい!)。これは見かねてアシストした。

「今のは恭介が悪いよ。ほら、あんず飴はあっち」

 少し離れた屋台を指さすと、恭介、何だかよくわからないけど……といった風に頭を掻く。

「判ったよ。天野と……二木もか」
「あ、僕にも」
「げ、理樹もか」
「いいでしょ?」
「やれやれ、仕方ないな……行ってくる」

 恭介が列を離れると、天野先輩がやれやれとばかりに肩をすくめた。それから、すっとその目に不安の色が浮かぶ。

「通じてるのかしら?」
「何がですか?」
「そりゃまあ……色々」
「さあ。私は棗先輩じゃありませんから――でも、奇襲攻撃は効いてるんじゃないですか?」
「意外性?」
「奇襲戦法だけで最終的に勝利を収めるパターンって、歴史上そんなにないですけど。太平洋戦争とか」
「うへえ、かなちゃん厳しい……」
「ま、緒戦としてはまずまずですから、これからが勝負ですよ」
「かなちゃん、だいたいいつも、そう言うわよね」
「手を緩めません勝つまでは」
「ま、そうよね……」

 天野先輩、はあ、とひとつためいきをついて、それから鼻息ひとつ、よし、と気合いを入れて見せた。おお、やる気だ!

「ここは一丁――神頼みでもしてみますか!」

――二木さんとふたり、盛大にずっこけた。

「なんでそこで神頼みなんですかっ!」
「いやほら、初詣だし、今日」

 あんまりにも普通の答えに、第二撃を放てずに二木さんは沈黙。

「まあ、いいですけど……初詣だし……」
「決意を新たにするって意味もあるしね」
「そっちのほうでお願いしますよ……」

 そんな会話をしていると、諸々の元凶、恭介が両手にあんず飴を一杯に戻ってきた。そしてあんず飴を差し出すと、ひとこと。

「どうぞ、お姫様」

 天野先輩が、ぼん、と顔を真っ赤にした。隣で二木さんが目を丸くする。

「うむ、ご苦労であった」

 天野先輩はそう言って――照れ隠しなのが見え見えだ!――あんず飴をひとつ奪い取って口元へと運んだ。まったく、意識してやっているのか、そうじゃないのか――恭介のずる格好いいいところだよなぁ。

 そんな様子を見ながら、二木さんがぼそりと仰る。

「直枝も真似してみたら?」
「いや……やめとくよ」

 そういう二木さん本人に冷たく一蹴される光景が目に浮かんだ。ちょっと悲しくもある。けど――ま、僕たちには僕たちのやりかたがあるんだ、と思うことにする。


 初詣、前編です。

 和服っていいですよネ……!!


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