抜けるような青空だった。
町のはずれ、高台の中腹に張り付くようにある神社だ。石段を登り終わって振り返れば、塵ひとつない空気にくっきりと町の姿が眺められた。境内に入れば、屋台も姿を消し、静謐な空気が漂う。バスターズの面々もさすがに、ある種の神妙さを以て粛々と列に並んでいる。
1月4日、松の内だが三が日は過ぎた。一年の1パーセントが消費され、それはだいたい、私の残る学園生活の3パーセントに該当する期間だった。3日間、そうそう軽視できる重みでもない。
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正月元日早々、直枝君から初詣の案内が来て、心が躍るとともに、何を願おうかとずっと考えていた。
もちろん、棗君とのことに進展がありますように、というのが直近の願望ではある。が、今年一年なんとかでありますように、とか、今年はなんとかができますように、とか、そういう長いスパンの話ではないので、それを初詣の時にお祈りするというのもどうなのか、とも思うのだ。
残り3ヶ月。いちねんのよんぶんのいち。25パーセント。数字になおしてみれば、あまりの短さに肝が縮む。4月から6月までの、あの新寮生対応の怒濤の日々と同じだけの長さしか残されていないのだ。
どうしよう、どうしよう……と悩んで、元日が過ぎ、2日が過ぎだ。3日目の朝、ふと思い立って外を歩いてみることにした。よく考えれば、二日間、家に籠もりっぱなしだったのだ。
遠出するときは、普段なら最寄りの国鉄駅までバスで2、30分、そこからは、一応幹線なのでそのままどこにでも行ける。大都市までは鈍行でも2時間だ。
それらのものを使わず、ただ、歩いてみることにする。
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方角をだいたい西の方と定めて、歩き出したのは午前10時と少しのころ。家からすぐの川沿いを少しくだって、大橋を渡る。川面をわたる風が気持ちいい。遠くを鳥の群れが飛ぶ。鉄塔のくっきりとした格子模様。
狭い平野の山と海の間を歩く。国道を伝って、途中から旧街道にそれて静か、鳥のさえずりのあいだに、ときおり国道の方からトラックの音が遠く聞こえる。
しばらくは地元の中学校に通う道のりだけれど、隣の集落を過ぎればあとは知らない道だ。どこに通じているものかわからない。いや、街道だからまっすぐ行けば隣の市につながっているのだろうけれど、実感としてはやはり、わからない。わからない道を行く。
いつしか私の目の前には、まったく見知らぬ風景が広がっていた。
いつも見る光景とそう大きくは違わないものの、やはり違う場所。そして、状況にわくわくしている自分に気がつく。探検気分だ。小学生か。でも楽しいものは楽しい。こんな気分は、ほんとうに久しぶりだった。
あっという間に昼が過ぎた。途中のヤマザキショップでおにぎりとお茶を買い、道端にしつらえられた四阿(あずまや)で昼食とする。おかかと焼鮭。これでも乙女なので、おにぎり2つで十分な昼食になる。おなかがふくれたところで行軍再開。
気がつけば陽は西のそらに大きく傾いていた。冬の陽は早いからそう遅い時間でもないけれど、日が沈んで田舎の道を女の独り歩きというわけにもいくまい。少し歩いて見えた道路標識によれば、国鉄の駅まであと2キロという。日暮れまでにはたどり着くだろうか。
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その駅は、最寄り駅からたった3つ向こうの駅だった。駅前の寂れたロータリーは見覚えがなかったけれど、ホームにあがると、すうっと音もなく、非日常が日常に転換した。見慣れた車窓の一風景がそこに存在していたのだ。その転換点たる、改札口からホームへと続く階段、それが今日のちょっとした冒険の終着点なのだと気づいたのは、電車に乗ってからのことだった。
車窓から差し込む夕日が、クロスシートの閑散とした車内を橙色に照らす。そのひとつのボックスに座って、私はふと思う。どこにたどり着くかなんて、わからないものだ、と。
向かう方角をだいたい決めて、周囲の風景を楽しみながら無心に歩く。そうすれば、たどり着けるところまでたどり着けるだろう。そしてそこが終点だ。
歩く道は、私の知らない道。それがどんな道かは、私が決めることもできない。どんな風景が広がっているのか、そこを歩くまでわからないのだ。
一寸先は闇のそこを、ただ歩いていくことしかできない。それでも、私は歩いていくことができる。
なら、歩いてみようか、と私は初めて腑に落ちた。歩いてみよう、と。そうすれば、たどり着けるところまでたどり着けるだろう。はたして、その道のりがどんなものか、たどり着いた先にどんな風景が広がってのいるか――それは、歩いてみないとわからない。だから歩くのだ。
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初詣が終わって、石段を下りながら、棗君の隣を歩く。
「ね、棗君はどんなお願いをしたの?」
「俺か?」
いつもどおりの――私の大好きな笑顔を浮かべて、棗君が言う。
「決まってるだろ、リトルバスターズのみんなが、元気に楽しく過ごせますようにって」
「うん、棗君らしいわね」
予想通りの答えに、しかし私は満足する。こんな棗君だから好きなのだ。その隣を歩くと歩きたいと思ったのだ。
「で、天野はどうなんだ?」
「私?」
「そ。彼氏ができますようにとかか?」
ぶふぅっ!! 思わず何かを吹き出した。我ながらはしたないったらありゃしない。ていうかね!
そこへ棗君がまさかの追い打ち。
「お、図星?」
「内緒よ!」
「なんだそれ、ずるいぜ。俺は教えたのに」
「乙女には秘密のひとつやふたつあるものなのよ」
「へえ……」
棗君が目を丸くした。乙女の自称に対するものか、それともほかの何かに対するものか、わからない。わからないけど、それもいいと思った。私は笑う。
「ま、いつか教えてあげるわよ」
「それじゃ、それを楽しみにしておくとするさ」
「それがいいわね!」
棗君の笑顔と私の笑顔がかさなった。そう、こんなことがずっと続きますように、そのために私が歩いていけますように――石段を下りきって、鳥居の方に振り向くと、私はもう一度そう祈ったのだった。
初詣、後編――といいながら、ほとんどあーちゃん先輩の独白と回想でした。
思い立って延々と歩いてきたのは、実体験話だったり。