もういくつ寝るとバレンタインデー……

 バレンタインデーは、言うまでもなく、女性から男性へチョコレートの贈与が行われる日だ。だけど最近は、一昔前と違って、必ずしも夫に、彼氏に、射落とさんとする意中の男性に、というふうに限定されているわけでもない。

 20世紀から連綿と続く悪習(だと思う、私は)であるとのころの義理チョコをはじめ、友人にあげる友チョコ、自分へのご褒美としての活用、挙げ句の果てに、男性から女性へと渡される逆チョコなるものも、最近ではあるらしい。

 男性が男性性を取り戻すということは、そりゃ結構なことだが、考えてみると、奥ゆかしい女性が、年に一度、意を決して男性にアプローチすることができる日、という意味合いにおけるバレンタインデーは、あるいはとっくの昔に消滅していたのかもしれない。バレンタインデーのようなきっかけが必要なのは、この現代においては、女性じゃなくて男性なのかも……なんて、へたれ日本代表であるところの私に言う権利もないか。

 閑話休題。

 ともあれ、バスターズの女性陣のチョコレートにも、これら様々な意味のものが入り交じっている。わかりやすいのは、かなちゃん。もちろん、直枝君にプレゼントするための気合いの入った手作りチョコレートを用意するという。これは本人から聞いた。

 それに、家族向けのチョコというのがいくつか。棗さんが棗君にというのは、それなりに長い習慣になっているらしい。それに、三枝さんが、今年はおねーちゃんとチョコレートを交換するのだと、やたらと張り切っていた。

 あとはだいたい、友チョコ義理チョコ自分チョコというか、正確に言うと、みんなで集まってチョコレートとチョコレート菓子を思う存分につくって食す、これはパーティのようなものが計画されている。もちろん、調理は女性陣によって行われるわけだが、それじゃ男性陣はどうするかっていうと、棗さんの

「なにもしないんだから、せめてお金を出せ」

という一言で決まった。まあ、妥当な線ではある。そりゃ、女性もちゃんと、それなりの負担をするわけだけど。

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 さて、私はそれとは別に、チョコレートを手作りする心づもりでいる。もちろん、棗君に渡すための、だ。

 これでも元家庭科部部長なので、料理はそれなりに得意だ。お菓子づくりだってやるし――ちなみに、お菓子づくりのこつは、レシピに忠実に計量しレシピに忠実に時間を計ることなので、実は普通の料理よりも難易度は高くなかったりする。ともあれ、そんなわけで、私は家庭科部室でひとり、お菓子づくりの本を積み上げてはにらめっこをしているのだった。

 チョコレートづくりと言っても、カカオ豆から云々、というわけにはもちろんいかない。手間がかかりすぎるし、材料も手に入りづらいし、そもそも美味しくできるかどうか。レシピを見ても、市販のチョコレートを湯煎で溶かして固めて、というのが普通。問題は、それを使ってどういうチョコレートを仕上げるか、ってことだ。

 かなちゃんはどうやら、かなちゃん好みのミント風味のチョコレートにするつもりらしい。

「ねえかなちゃん、これってつまり、『私を食べてっ!』ってことだよね?」
「馬鹿なこと言ってないでちゃんと考えたらどうですか?」

 一刀両断でありました。

「でも、いろいろ考えちゃって、どうしようって、ほんと、どうしよう……」
「手堅くハート型とかどうですか?」
「ありきたりすぎない?」
「わかりやすい方がいいんじゃないですか。棗先輩だし」
「あー」

 あの朴念仁の全力少年のことだから、そんじょそこらのメッセージ性では、本命チョコだって事が伝わらないかも知れない。さすがかなちゃん!

「要するに、あーちゃん先輩の場合、おいしいチョコレートを作るって云うのは二の次で、棗先輩に直接的アプローチをかけるのが目的なんです。それを忘れないで下さい。戦略目標からはずれた戦術は、たとえ成功したとしても無価値です」
「かなちゃん参謀さすがね!」
「誰が参謀ですかっ」
「いやあ、かなちゃんが話すとなんだか軍事作戦みたいに聞こえるから、恋のキューピッドっていうより参謀かなって。あと軍師とか」
「はあ……それ、前に葉留佳にも言われましたよ」
「あら、かぶっちゃったか。かなちゃんよっぽど軍師なのね。彼氏持ちなのに」
「直枝の方が甘いですから、私はこれでいいんです」
「かなちゃん、それはのろけだというのだ!」

 げっ、とかなちゃんが顔をしかめた。無意識にのろけ話をするとは、なかなかかなちゃんも隅に置けない。直枝君がよっぽど、いい影響を与えてるんだろうなぁ。

 それは私も、か。自分の感情にずいぶん素直になれるようになった気がするのだ。ふふ、と笑いを漏らすと、かなちゃんが不審気な目でこちらを見た。

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 結局、その日の夕方早い時間に、チョコレートのレシピは決まった。その足でかなちゃんと二人で町にでて、材料を買い揃える。それからバスターズのチョコレート・パーティとは別に、かなちゃんと二人でチョコレートを作る約束をした。

 これにて準備は万端、バレンタインの決戦まであと3日。

 バレンタインデーでこんなに気合いが入っているなんて、そんなに短くもないこの人生で初めてのことだ。我ながらほほえましくもあり、苦笑いのごとき感情もあり、でもそれらはつまるところ、わくわくどきどき、というやつだった。そんな高揚感のなか、その日の夜は更けていった。


 あーちゃん先輩頑張る!

 続きます。


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