バレンタイン作戦!(1)

 当日である。

 例のブツは用意した。昨日の放課後、かなちゃんと一緒に家庭科部室でしこしこと作っていたのだ。

 一応は家庭科部長で鳴らす私と、文武両道才色兼備、揺りかごから墓場までのかなちゃんが組めば、向かうところ敵はない。世間のにわかパティシエールちゃんたちには悪いのだけれど、年期と気合いが違うのだよ!

 ……なんて妙なハイテンションは、きっと緊張のせいなんだろうなと思う。脳内アドレナリンが胃痛を打ち消してくれるといいんだけど。思わず右手でおなかを押さえた。

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 ともあれ寒い日だった。寮から校舎までの僅かな外気だけでも、ぶるりと背筋が震える。

 前の日には大陸から列島に寒波が押し寄せて(とテレビでお天気お姉さんが言っていた)、夜半にかけて雪が降った。雪と言ってもせいぜい2センチの積雪、朝方には結構溶けて、滑って転びやすい一番大変な状況。

 特に、後者から少し低いところにあるグラウンドは、見下ろすと雪と泥のまぜこぜで、ここで雪合戦はちょっと遠慮したいなぁという感じだった。

 要するにチョコレート色だ。
 まさに決戦に相応しい。

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 校舎に入ると、つとめて平穏を装う空気が、かえってわざとらしさを濃厚に醸し出ている。そこここで、幽かな声、声、声。緊張、興奮、落胆、エトセトラ、エトセトラ。悠久の昔から、主戦場は放課後、もしくは靴箱と決まっている。戦いは始まっているのだ。

 私はと言えば、かなちゃんの『迂遠な策は却下』戦略理論によって、直接手渡しすることにした。
教室の中はそれなりに暖かいから、溶けないように保冷剤と一緒に鞄に放り込んである。当たり前だけど、ちょっと冷たくて困る。

 ともあれ、寮長室のかなちゃんと直枝君にちょっかい出して(これは日課だ)教室に向かう。

 席についてそっと見回す。棗君はいない。こんな日も、例によって慌ただしい登校なんだろう。意識しているのか、いないのか。チョコレート・パーティの日、くらいの認識だろうか。

 そんなはずはない。
 あれでも棗君は、もてるのだ。

 単純な事実として、これまでに受け取ったチョコレートの数は、それなりのもののはずだ。それをすっかり忘れてしまうほど、しまえるほど、棗君は――なんだろう――子供じゃない。ちゃんと判っているはずなのだ。

 ……。

 ぶんぶん、と頭を振った。そんなことを考えていたら、足がすくんでしまう。

 頑張れ、私。歩いてみるって、決めたじゃないか。

 もやもやとした気分を無理矢理振り切ると、予鈴が鳴った。そして、遠くから騒がしい声が聞こえてきた――バスターズのみんなだ。棗君が教室に駆け込んでくるまで、あと1分20秒、といったところだろうか。


 戦闘開始!。

 続く。


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