会敵予想時刻は、放課後一番。
チョコレート・パーティの会場は、リトル・バスターズの集会場こと、直枝君の部屋だ。そこに向かうまでの経路上で迎撃する必要がある。
ずっと同じ教室で授業を受けて、世間話に馬鹿話と毎日話はする間柄だけど、さすがに教室で突撃というのは特別攻撃的に過ぎる。なにしろ私はチキン少女を自称しているのだよ。
ともあれ、棗君の行動パターンは大体認識している。放課後はすぐに教室を出るのが棗君のやりかただ。要するにそれはバスターズの時間ということ。
放課後、教室に廊下にと乱戦が予想される海域を、棗君はするりと通り抜けて寮に向かうだろう。それをさらに先回りするのが今回の私の戦術だ。
会敵予想地点は、校舎と寮の渡り廊下。
混戦が始まる前にそこを通りかかるであろう棗君に手渡すのだ。
……ホームルームの間じゅう、そんなシミュレーションを脳内で何度の展開させていた。先生が気怠げに終りを告げると、完全に準備された鞄を音もたてずひっつかみ、誰よりも早く――そう、棗君よりも早く――足音も立てずに、私は教室を駆け出した。
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決戦の場所には、人影はまだなかった。鞄の中のブツを確認し、渡り廊下の横、校舎の壁に背をもたれかけて、一息。
ここ一番が勝負。
心臓がばくばくと言っているのは自覚したが、深呼吸で何とか釣り合いを保たせる。ハートは熱く燃え上がり、頭は冷静だ。完璧だった。
そして、時間経過の感覚は恐らく正常ではないので、どれくらい棗君に先回りしたのかは判らなかったが――その彼は――棗君は、やがて校舎から姿を現わした。そして、私を目にとめると、
「よう、天野」
そう、まったくいつもの口調で声を発した。
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「あ、棗君棗君」
発した声は、やっぱりすこし震え気味だったかも知れない。自意識過剰だと良いのだけど。
「どうしたんだ、こんなところで」
相変わらず、何考えてるんだか判らない。予想はしていたけれど、これじゃ相手の出方を窺っても仕方がない。直球あるのみだ。
私は後ろ手に持ったそれをすっと差し出す。棗君が目を丸くした。
「これ、渡そうと思って」
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それは、一見して判る本命チョコだった。ピンク色にラッピングされ、リボンが結ばっている。結構な大きさだし、何より形がハート型だ。
棗君も判らないことはあるまい。これは――それなりの重さのものだ。だが、果たして受け取ってもらえるものか。
永遠にも思える一瞬が過ぎ、ふっ、と棗君の表情がやわらいだ。
「……サンキュ、天野」
それだけを言うと、棗君は私の手の中のそれをすっと取り上げて……それを認識した瞬間、頭が瞬間沸騰した。
「あ、あの……っ」
自分が何を言おうとしているのか判らなくなった。あらぬ事を口走りそうだ。
「なあ、天野……」
棗君が口を開いて――その口から何事が発されるのか――急に恐怖じみた物がぐらぐらと沸き上がってくる。足ががくがくと震え始める。だめだ、これは。
「あの、わ、私、先、行くからっ!!」
それだけ言って、気づくと私は、脱兎の如くその場をあとにしていた。
さて、どうなることやら。
まだ続きます。