「みんな、今日は節分の日だ! だが訊いてくれ、この2月3日には、もっと別の意味が――」
――鈍い打撃音がして、鈴の長い尻尾の如き髪が、ふわりと翻った。
「しね、ばーか」
着地するなりそう言って、鈴は猫たちを引き連れて校舎裏へと消えていった。まるでボス猫とその取り巻きのような様子だ。
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そのボス猫に一撃でのされた当の本人は、地面に半ば顔を埋めてビクビクと痙攣していた。
「おい、恭介、大丈夫か?」
真人がその肩をちょんちょんと突く。
「放っておいてやれ」
と謙吾。
「いつものことだ。だがまあ……鈴も、もう少し素直になればいいものを」
「? ……ああ、そういうことか」
謙吾の言葉を噛み砕いて、僕はようやく合点がいった。
「そういえば鈴、ちょっと顔が赤かったかも」
「そうか? まあ、そうかも知れないな……さて」
頷くと謙吾は恭介の側に腰を下ろし、なにかしら活を入れるような所作をした。
「うおっ!?」
間髪入れずに恭介が飛び上がる。
「お前もお前だ、恭介」
「さあ……な」
ようやく立ち上がり、服についた土を払いながら――そんな仕草でも絵になるからずるいよなぁ――恭介は超然としたふうだ。
「俺が口を挟むことでもないだろうが」
「俺だって馬鹿じゃない」
「どうだかな」
一言で会話を断ち切ると、謙吾は校舎に足を向けた。
「そろそろ行こう。そろそろ予鈴が鳴る――まあ、恭介には関係のないことだがな」
そのつっけんどんな言葉に、恭介は何故だか、ほんのわずかに表情を崩した。
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3時間目と4時間目の間、短い休み時間。ケータイが震えて、メールの着信を知らせた。ぱかりと開く。小毬さんだ。
『りんちゃん、なんだかご機嫌斜めかなぁ?』
視線をやると、小毬さんがこちらを見て、ちょこんと首をかしげた。僕はほんの小さく頷くと、短く返信をする。
『ちょっとね、朝方。大したことじゃないけど。今日は何の日か知ってる?』
ぴぴぴぴと送信すると、小毬さんがなるほどと頷いた。
『恭介さんかな?』
さすがの小毬さんだ。あれだけの文面で状況を推察したらしい。
『ご明察』
『わたし、あとでりんちゃんと話してみるよ〜(^∇^)』
おお、なんだか小毬さんがアグレッシヴだ。少し心配になって視線を送ると、小毬さんは(うん、大丈夫だよ)と例ののんびり口調を彷彿とさせる笑顔だ。
まあ、変につきあいの長い僕たちより、小毬さんに任せた方がいいかも知れない。お願い、と頷くと、わかったよ、と返ってきた。それならそれで任せておこう。
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結局、放課後の豆まき大会では、鈴はもういつもの調子に戻っていた。たぶん、昼休みに屋上で二人のご飯会でもあったんだろう。
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この日の出来事を、僕は、さすがは小毬さん、という程度の捉え方しかしていなかった。後から考えれば、これはかなり大きな伏線だったわけだけれど――もちろん、当時の僕には、そんなことを知る由もなかった。
2月3日は節分の日、そして、「兄さんの日」だというのをTLで知りましての一作。
ちょっとうまくまとまらない風味という疑惑もありつつ。