ほんの少しだけ大人の甘酒

 3月3日の桃の節句、雛祭りの日は、バスターズでの女子会が開催された。

 去年までのバスターズは、女の子が棗さんだけだったこともあって、特段に雛祭りが盛大に祝われることもなかったという。ひなあられを食べるくらいで、ひな人形を飾ることもなかったらしい。棗さん曰く、「なんか、はずい」。ある意味で少年的なところのある棗さんらしいといえばそうだ。事実上の後見人であるところの棗君の責任だろう。

 ……。

 雛祭りは日本の伝統行事であるので、もちろん会場は畳敷きの部屋であることが望ましい。そんなわけで選ばれたのは、例によって家庭科部室。

 二木さんたちが家(ああ、島のじゃなくて)から持ってきた、こぢんまりとしたひな人形を飾って、和風少女能美さんとお菓子少女神北さんの最強コンビが皆の期待を一身に背負って調達した和菓子を食べながら。準備の時間は元家庭科部長たる私が留守番役で、たっぷりの甘酒とお汁粉をなべでぐつぐつとやっていた。こいつが結構な好評で、たくさん作りすぎたかなと思ったけど、減り具合を見る限りその心配はしなくてすみそうだった。

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「あーちゃん先輩」
「ん、なに、神北さん?」

 私をその名で呼ぶのは、かなちゃんと神北さんの二人だ。常軌を逸してはずかしい渾名を正々堂々と呼ぶのは、まあ、かなちゃんはその四角四面性ゆえであって、一方で神北さんはなんだろう、あの“姉御”来ヶ谷さんを『ゆいちゃん』と呼ぶのと同系列なんだろうが、まあ、とても個性的なことだよなぁと思う。

「この甘酒、すっごくおいしいんですけど、何か隠し味が入れてありますか?」

 む、そこに気づくとはやるではないか神北君。いち料理好きの顔が我が脳内のインナースペースでむくむくと頭をもたげた。そのむこうで、能美さんが口元に手を当て、中に目をやり何か考えているような仕草をした。そして一口、甘酒にくちをつけると、ぴこーん! とばかりに『討ち取ったり!』の顔。

「わふーっ! この発想はなかったのですっ!」
「あら、能美さん判った? でも、色々な料理に入れるでしょ、能美さんも」
「はい。醤油に味噌に……さしすせそ? わふーっ、砂糖にも合いますね!」
「そういうこと。結構王道の手よ、これ」
「私もまだまだ修行が足りないのですっ!」
「ふうむ、なるほど。さすがは天野先輩」

 淡々と来ヶ谷さんが合いの手を入れる。お気に召したか、満足そうな顔だ。

「えーと……」

 一方の神北さんは、首をかしげて考えこんでいる。

「……薄荷、かなぁ? でも、ちょっと違う気もするなぁ」
「惜しいわね、神北さん。近い!」
「ううん……思いつかないよ……」

 なるほど。こういうのは、洋菓子ベースの神北さんより、日本料理ベースの能美さんの方が得意なのかも知れない。面白いなぁ。

「これはね、生姜を入れてあるの」
「ほわあ、生姜ですか!?」

 まるで意外な答えだったか、神北さん、目を丸くする。

「生姜って、おうどんとかお刺身につける生姜?」
「そ。薄荷とおんなじで、広い意味での香草ね」
「あ、そうか〜。ほんとに惜しいのかも……」

 神北さん、甘酒をくんくんとしてまた一口。

「……生姜か〜」
「さっき能美さんも言っていたけど、生姜ってお砂糖ともよく合うのよ。生姜の砂糖漬け、なんていうのもあるし」
「ふえ……」

 ちょっと想像の埒外だったかな。

「甘酒にもね、生姜を擦ったのを入れるの。そうすると、甘さは引き立つし、くどくならないし、ついでに体も温まるのよね」
「そういえば、体がぽかぽかしてる気がする……」
「やっぱり寒い冬は体が温まるあったかい飲み物がいいわね〜」
「色々知ってますね、あーちゃん先輩。いいなぁ。お母さんみたい」

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 その神北さんの言葉に、私の中の何かが反応した。言葉の意味を一瞬で八百八通りにも解釈して――諸々の混濁するそれらから抽出されたリアクションは、極めつけに私らしいそれだった。

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「……こういうの、いいと思うんだけどなぁ。若い子たちにはおばさんくさいって言われるのよねえ」
「ほわぁっ! あのそういう意味じゃなくって! 素敵だと思いますよっ」
「ありがと、神北さん」

 にっこりと笑顔を返す。感情のコントロールが出来すぎるのも考え物だ。

 気づかれない程度の小さいため息に凝縮された感情を逃がし、私は甘酒をまた一口啜る。

 うん、おいしい。

 いつか棗君にも振る舞う機会があればいいんだけど。


 甘酒に生姜はホントの話。こいつがまた美味しいんだ。

 ちなみに、お湯に溶かす市販の生姜湯をホットミルクに溶くという技もあります。最近冷え込みますし、寒い冬の夜のお供にどうぞ。


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