恭介さんがひどく無口になった一週間がある。夏休みの最初、たしか7月の終わりから8月にかけての頃だったように記憶している。
そう、理樹君とかなちゃんがつきあいだしたときのことだ(正式な回答は例の事件の後まで持ち越されたけれど、事実上はこのタイミングだったと私は思う)。
二人――理樹くんとかなちゃんはそれこそ舞い上がってしまっていて気づいていなかったけれど、バスターズのみんなは結構心配していた。聡いゆいちゃんやみおちゃんは、恭介さんのその言動の理由に気づいていたみたいだけれど、二人は特に何も言わなかった。真人君や謙吾君もまた、別の理由で何も言わなかった。はるちゃんは、かなちゃんと理樹君を冷やかすので大忙しだったし、クーちゃんはクーちゃんで恭介さんとは微妙に違う意味で落ち込み気味だった。
一番がもちろんりんちゃんで、恭介さんに直接伝えたりはしなかったけれど(りんちゃんらしい)、私にはずいぶんといろいろ漏らしてくれたものだ。
「馬鹿兄貴は一体なんなんだ、ひとに心配かけてるのがわからんのかっ」
「りんちゃん、心配?」
「こまりちゃんとかにだっ!」
これはまさに――曰く言い難いけれど――すれ違いというものだろう。
そんなわけで、要するに恭介さんを気にしてあげられるのは私だけ、ということに気づいてしまったのだ。
そうなったらそうなったで、放課後にでも恭介さんのところに行ってみよう、とごく自然に思った。要するに、幾度となく繰り返されてきたそれの、これは延長線上に過ぎないわけで。
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場所は決まっていた。今や他に誰も訪れることのなくなった私の場所。屋上だ。
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案の定、恭介さんはそこにいた。
私が声をかけるまでもなく、恭介さんは、よう小毬、と声をかけてくれた。その顔は空の向こうを見つめたままの遠いまなざし。
「やっぱりここだった」
「よく判ったな」
「恭介さんは人気者だから。独りになれる場所って少ないんじゃないかなあって」
「今は独りじゃないけどな」
「もしかして、お邪魔だった?」
「そんなことはないさ」
いつも通り、決してひとを邪険にはしない恭介さんだけど、その声には僅かに真実味が足りない……いや、欠けているように思えた。
私は黙って恭介さんのとなりに立ち、おなじ空を見上げる。遙か彼方まで続く青空だった。でも、虚構にして永遠のそれ、何度となく二人で見つめていたそれとは違って、判らないくらいの早さで、でも確実に、刻は巡り、いつしか夜の帳は降りてくる。
ここは違う場所なのだ。
そう、時間が有限で微小のこの場所だ。訊くならば訊くべきだ。気配を伺うと、恭介さんは小さく息を吐いた。
「りんちゃんのこと?」
「ああ」
訊かれることを予期していたかのように、恭介さんは返事をする。
「それから、理樹君とかなちゃんのこと」
「ああ」
恭介さんはまったく同じような調子でまた答えた。
「残念、だったね」
「ああ」
また、だ。感情が窺い知れない。踏み込まないといけないかな。
「仕方ないね……」
重ねて問うと、恭介さんは、ようやくこちらをちらりと見た。でもそれは一瞬のことで、恭介さんはまた空の彼方へと目を戻す。そしてぽつりと漏らす。
「あいつになら、鈴をやっていいと思ってたんだけどな……」
私は応えない。言葉の半ばで消えたその最後の逆接の接続助詞を除いて、幾度となく聞いたことだ、真意を確認するまでもなかった。しかし、恭介さんからは、それ以上の言葉は出てこない。私はただ、じっとそれを待つ。無為とは半ば知りつつも。
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しばらくして、どちらともなく、屋上をあとにした。グラウンドではバスターズの皆が待っているだろう。
ただ、最後にぽつりと、恭介さんが言った。
「もう少しだけ、鈴をみていてやらないとな……」
そうだね、と私は思う。だって私たちは、今までずっと、そうしてきたのだ。
補遺の必要性を感じたため、主に小毬さんの話を2,3(非連続的に)挟みます。
蛇足ともいう。