ホワイトデー(2):そぞろ歩き

 ひと月前、バレンタインデーの時と違って、ホワイトデーたる今日に、これと言ってイベントは設定されていなかった。甘味に関する、しかも男子諸君が音頭を取るべきイベントであるから、皆で大いに盛り上がるって感じには、どうしてもならないだろう。

 ボールが相手にあるときほど、そわそわすることはない。

 手持ちぶさたも良いところだが、このまま女子寮の部屋に戻るのも何だか馬鹿らしい。独りでうじうじしているなら、何かしていた方が気が紛れる。

 いつもなら寮長室のかなちゃんたちのところに顔を出すか、バスターズでつるんでいるかのどちらかだ。3月に入ってたまの暖かい日には、キャッチボールもする。

 ちょっと迷ったけど、とりあえず散歩をしてみようと思った。棗君のことに気を取られてばかりだったけれど、この場所に居られるのも、考えてみればあと半月足らずなのだ。

 校外活動申請をしているわけでもないので(風紀委員に怒られてしまう)、散歩のコースは学校の敷地に限られる。といっても、我が校の敷地は結構広い。東西400メートル、南北300メートル。1周するのにだいたい20分だ。

 マフラーを巻いて校舎を出ると、猫のたまり場、校舎裏から体育館のほうに回る。第一チェックポイントの自販機でホットコーヒーを購入。これは湯たんぽ代わりだ。そこから部室棟の裏に回って裏山のあいだを抜けるとグラウンドの隅に出る。春から秋にかけての、バスターズの主な活動場所だったところだ。まあ、当時の私はいち寮生だったわけで、その彼らを遠巻きに眺めているだけだったのだけれど。

 そのままグラウンドの脇を抜けて川沿いの土手に登る。これが校舎の敷地内なのだから、ちょっと変わってるかなって思う。いいところだけど。

 土手に登ると、グラウンドや、一段高い校庭を見下ろせる。今日は特に肌寒い。私のような気分が昂ぶった酔狂でもなければ、好んで外を出歩く者もいない。まるで息を潜めているような冬の名残だ。風が吹き、私は首をすくめ、マフラーに埋めた。

 土手は境界線だ。

 右にはグラウンド、その向こうの校舎、寮、エトセトラ、エトセトラ。わたしたちの小さな世界、小さな揺りかご。

 左には、もしかしたら土手よりも明確な境界線、川。土手はそれに沿って続いている。ただ、盛り土がしてあるから、ここに立っていると、なんとなく世界を俯瞰しているような気分にもなる。

 境界線、か。

 空間的な境界線上にいながら、時間的な意味でも境界線に――卒業に――等速直線運動的に近づいていく。そして心理的な境界線はシュレディンガー的不確定さで私の目の前にたゆたっている。

 波動関数は果たしてどこに収束するのか――そんな、なにかの小説で聞きかじったようなことを思いながら、ふらふらと歩いていたときのことだった。

 空のほうを見上げていた私の視界に、人影が映った。


 タイトルは「sense off」の曲名から。

 続く。


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