ホワイトデー(3):フェード・アウト

 それを視認して、ふっと世界から色彩が失せた。

 若干セピアがかったモノクロームのなか、あァ、そういうオチになるのか――と、どこか冷静な自分のひとりがぽつりと呟いた。まったく、こんなのは予想もしていなかったじゃないか。

 見下ろす先は、グラウンドの隅の大きな樹、その木陰。
野球の練習の時には、マネージャたる西園さんがピクニックシートにティーセットを広げているそこに――

――棗君が立っていた。

 手に綺麗な包装をしたなにか――それが何なのかはあまりにも明白だ――を持って……ちょっと困ったような顔をして、でも、はにかんでいて……その、正面に立った神北さんをちょっと斜めに見ていた。
 ふたりの隣では、棗さんが猫が威嚇するかの如き顔をしている。馬鹿兄貴、お前にはりんちゃんはやらんぞ!、といったところかな。ううん、微笑ましいな……

 客観視という名の逃避が、バターになったトラの如く、コマの如く、脳内で暴走するのが判った。その客観は、こういうのを血の気が引くという、医学的には副交感神経の活性による急激な血圧低下とされる、云々、意味にならない意味を脳内にぶちまけた。でも、その意味はどうやら正しいなりに正しくて、私の足がコントロールを離れてふらふらとよろめく。

 そのよろめく視界の中で――何かの意思が唐突に私を串刺した。視線が私を見ているのが判った。それは……棗さんだった。

 棗さんはまったく驚愕の顔で私のほうを凝視していた。

「あ、あ、」

 甲高いどもる声が聞こえて、その指が私の存在を無遠慮に暴く。棗君と神北さんが、顔をこちらに向けた。

 ああ、困ったなぁ、と思った。なんて無粋な、一生に一度の――あ、普通はそうとは限らないか――告白タイムに……ああ、ごめんね棗君、それに神北さん。心の中でそんなことを思っていると思う。

 2歩3歩、後ずさりながら、小さく小さく手を振った。ちょっと離れているから細かい表情までは判るまい。

 そして、振り返った棗君と神北さんが表情を変えるか変えないかのうちに、私はゆっくりと彼らに背を向けて、土手を川の方へと降りていった。ごく普通の歩き去り方で。そして、私の背丈がみんなの視界から隠れるくらいまでくると――叫びだしたい暴発を無理矢理に運動エネルギーに変えて、私はむちゃくちゃに走り出した。当然、その行くあてもなく。


 繰り返しますが、恭介×あーちゃん先輩のハッピーエンドです。

 たぶん、あと7話。


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