鈴からめちゃくちゃな勢いの呼び出し電話がかかって、階段を二段とばしに駆け下りて、グラウンドの脇の部室棟、間借りの野球同好会室に駆け込んだ。
「理樹!」
僕の顔を見るなり鈴がほとんど泣きそうな顔で叫んだ。取り乱している。先ほどの電話の内容も殆ど意味不明だった。
「落ち着いて、鈴。なにがあったの?」
言いながらちらりと見回す。鈴、小毬さん、それに……恭介。小毬さんは蹲って――泣いている。恭介はその横でまったく困惑したように立ちつくしている。
「恭介?」
声をかける。
「ああ、それが――」
「おまえは黙ってろ馬鹿兄貴!!」
鈴の激昂が会話を消し飛ばす。その勢いに息を呑む。恭介もだ。嫌な予感がする。だが、状況を理解してからだ。
「鈴、」
できるだけ穏やかな声で話しかける。
「何かが起ったってことは判った。恭介が役に立たないのも判った。たぶん小毬さんもだ。それなら鈴、鈴が話してくれないと判らない」
「あ、その、あたしは……」
「分析は要らない。事実だけ話してくれればいい。何とかするから」
「じ、事実……?」
「そう。事実。鈴がその目で見たのは、なに?」
混乱と興奮に彩られた鈴の目に、理性のいろが戻る。寮会の仕事のやりかたが、こんなところで役に立つとは。だが使えるものは使うべきだ。
鈴がごくりと唾を飲む。そして、ひどく低い声で、ゆっくりと言う。
「寮長が、どっか遠くの方に走っていった」
よし、端的な事実だ。だが、やはり――天野先輩が?
「ほかには?」
「それだけだ。それからみんなでわーってなって、特にこまりちゃんがたいへんで、とにかくここにきた」
「うん」
3月14日だ。今朝の天野先輩のテンションは、いつもに増しておかしかった。1ヶ月前の顛末は天野先輩から聞いている。ちらりと机を見た。案の定、そこには、プレゼントらしき包装がされたものが転がっていた。
3人とひとつ。天野先輩はその光景を見たのだ。そして『どっか遠くの方に走っていった』。
これ以上この騒動に踏み込むなら、それ以外の色々なところに踏み込むことになる。どうする。
「理樹」
はっとして顔を上げる。鈴がこちらを見ていた。
「それは、恭介が持ってた」
その顔は、不安に満ちてはいたが、明確な意思があった。踏み込む、ということだ。一瞬言葉に詰まる。鈴は続ける。踏み出す。
「寮長はたぶん、勘違いした。それは、あたし宛のだ。そうだろ、恭介」
瞬時、僕は事態の全容を俯瞰した。その理解は、恭介の言葉でさらに確信へと変わる。
「ああ、そうだ……」
「他に用意したものはないのか」
「特には――ない」
鈴の目に怒りが浮かんだ。
「おまえは、女の子を何だと思ってるんだ――!!」
「もしかしたら……」
唐突に涙声がした。小毬さんだ。
「バレンタインの日に、りんちゃんのチョコレート、代わりに渡したの、見られてたかもしれない……」
鈴がはっとして、それからすぐに青ざめた。
「どういうこと?」
「あの、あたしは……渡せなかったんだ。恭介に。そしたら、こまりちゃんが……」
それは――最悪だ。だが、可能性としては、確かにあり得る。
「小毬さん、それは、どこで?」
「男子寮の、外で……」
「恭介、訊くけど、天野先輩とどっちが早かった?」
「え、天野と?」
「いいからっ」
「あ、ああ……たしか、天野にその、もらってから、寮に戻るまでのあいだだな」
そのとき、天野先輩は僕の部屋にいた。そしてその位置だと、僕の部屋から見える可能性がある。十分にある。もしそうなら、本当に、最悪の最悪だ。
こちらも真っ青のまま、小毬さんがふらふらと立ち上がった。
「わ、私、あーちゃん先輩を捜さないと……」
「こ、こまりちゃん!!」
鈴が慌てて駆け寄る。阿鼻叫喚だった。そのなかで、恭介だけは、未だに困った顔をしたまま呆然としている。
一体、どうしたらいい。
そのとき、脳裏に――声が聞こえた。
『気が利くわね〜。さすがバスターズの次期リーダー』
『そんな顔しないの。直枝君は人を引っ張っていく力、あると思うわよ』
いつか聞いた、天野先輩の言葉だ。そして僕はどう答えたか。
『まあその……みんながここにいる1年間は、みんなで楽しくやりたいなって思ってますけど』
判った。なに、この場に居合わせたのが運の尽きさ。そう言う巡り合わせなら――これを何とかするのは、僕の役目だ。ポケットに手を突っ込んで、ケータイを取り出した。
GO! バスターズ!!