ホワイトデー(6):遥か彼方、または直枝理樹の短い補遺

 3月14日のあの事件のあと、具体的に何があった、という話は結局聞いていない。恭介からも、天野先輩からも。ただ、僕なりの後日談を記しておこうかと思う。

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 鈴はしばらく椅子にふんぞり返ったまま腕を組んでいた。恭介が走り去る足音がやがて遠くなり、聞こえなくなると、鈴は両腕を頭の上に上げるとぐっと背筋を伸ばして、ぴょこんと椅子から立ち上がった。

 それをきっかけにして、僕らは部室の外に出た。グラウンドは夕陽にあかあかと照らされていた。囲炉裏端みたいな色だった。その色のせいか判らないけれど、柔らかに吹く風は、僅かに春の予感を含んでいた。

 そうやって夕焼けを眺めていると、裏山の方から二木さんと小毬さんが降りてきた。その様子を見るに――お互いに――為すことは無事に終わったようだった。

「棗先輩は?」
「そっちに行ったはずだけど……天野先輩は山を降りたの?」
「ええ。どこかで行き違ったのかしら」
「まあ、そのあたりは……恭介に任せておけば大丈夫だよ。きっとうまくやる」
「そうね」

 二木さんは静かに頷いた。微笑を浮かべていた。

「こまりちゃん、どーやらあたしたちは邪魔らしいぞ」
「そうだね〜、お邪魔虫かもしれないね」

 微笑が焦る恥じらいに変わる。

「そうだ、忘れてるといけないからいっておくが、理樹、ちゃんと準備したものを渡すんだぞ」
「それじゃりんちゃん、私たちは行こうか」
「うむ、それがいい、そうしよう。お邪魔虫だからな」
「それじゃ理樹くんにかなちゃん、また明日〜」
「また明日だ」

 二人はコントのように軽口のキャッチボールをすると、颯爽と去っていった。その背中を見送りながら、二木さんは大げさにため息をひとつ。それから、ありがとう、とひとこと呟いた。

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 寮長室に戻るころには、陽は落ちて、空の半分が星の世界に包まれる頃合いだった。室内は煌々と無粋な蛍光灯が点り、人気のない夜の学校が始まろうとしていた。

 鞄を開けて準備したものを取り出すと、椅子に腰掛けて天井を眺めている二木さんに歩み寄る。

「二木さん」

 声をかけて差し出すと、

「ありがとう、直枝」

 優しげに微笑んで受け取ってくれた。そして、何かを懐かしむような目で、言った。

「これで、終わったのかしら、いろいろ」

 終わった、ね。どうだろう――僕はすこし考えて、言った

「『まだ始まってもいねえよ』って台詞、知ってる?」

 その僕の言葉を聞いて――二木さんは少しだけきょとんとして、それから、満面の笑みを浮かべたのだった。


 恭介とあーちゃん先輩の話は書いても無粋かなあと思ったりした。どうでしょ。

 エピローグを何回かで、締めになります。


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