ホワイトデー(7):THE BACKGROUND OPPOSITE Part II: ソング・フォー・フレンズ、または棗鈴の短い補遺

 理樹とかなたと別れてから、あたしたちは屋上に登った。部屋に戻るにはまだ少し早い時間だったし、食堂に行っても、どうせ今日はきょーすけも理樹も来ないだろう。謙吾や筋肉馬鹿、それからはるかとかは来るだろうが、あれと一緒だって考えたらなんかむかつく。それよりこまりちゃんと屋上で、街とか空とかを眺めていたい。

 グラウンドと違って、校庭のほう(陸上競技とかやるところだ)はちょっとした投光器(あかり)がついていて、部活のある夕方だけ電気が入る。部活をしているやつらが飛んだり跳ねたり走ったりしていて、ゴムひもみたいにびょーんって伸びた影の具合がなんだかおもしろい。たまに羨ましいと思うけど、あいつらに交じりたいとは思わない。

 遠くを見ると、夕焼けがもう消えたあとのコバルト色っぽい空に、山の影がくっきりと映っている。冬は寒いけど、なんだか見渡すものぜんぶ映画みたいな感じがすごく好きだ。

 あたしが見渡しているこのどこかに、きょーすけと寮長がいるんだろう。

「……なんだかむかついてきた」
「どうしたの、りんちゃん」
「なんかな、寮長はいいやつだ。猫たちもなつく。たまに猫缶もくれる」
「うん」
「それがなんだ、あの馬鹿兄貴とくっついてるのか。なんだそれは」

 やっぱりなんていうんだ、理不尽? な気がする。ちょっと迷ったが、口にしてみる。

「……いったい寮長も、あの馬鹿のどこがいいんだかな」
「恭介さんだって、いいところ、たくさんあるよ」

 こまりちゃんが笑った。

「りんちゃんのことがとっても好きなところとか」
「……」

 なんかはずい。

 たぶん、こまりちゃんの言ってるとおりなんだろう。いつもだったら「きしょいわぼけーっ!」ってケリを入れるところだけど、今日は何だか許してやろうっていう気になった。そもそも今日は、きょーすけはここにいない。

「……そうかもしれない」
「だから、あーちゃん先輩が好きになるのって、とってもわかるなぁ」
「そうなのか……」

 なんかやっぱり、あたしが見てるきょーすけとみんなが見てるきょーすけはまったく別のやつらしい。そう思うことにした。

「しかしあれだな、理樹もきょーすけもなんだ、おさまるところにおさまった、って言うのか」
「そうだね。これぞ幸せスパイラル、なのです!」

 こまりちゃんは、えへんと胸を張る。

「まあ、そうだな……うう、それで……」
「?」

 こまりちゃんがあたしを不思議そうな顔で見た。

「どうしたの、りんちゃん?」
「あの……こまりちゃんは、好きなやつとかいないのか」
「わたし?」

 ちょっとびっくりした顔。あたしだってこのタイミングで聞きたくない。でもしかたない。

「……」

 あたしが黙っていると、こまりちゃんは、ちょっと目を伏せて、つぶやいた。

「りんちゃんは?」
「あたしか!?」

 まさか聞き返されるとは思ってなかった。頭の中で誰かが『質問を質問で返すなあーっ!! 疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか?』って言った。あの馬鹿兄貴のせいだ! しねっ!!

 いやいや、おちつけあたし。そもそもあたしが最初に訊いたんだ。こういうのを何か? ブーメランっていうのか? うう……。

 こまりちゃんはじっとこっちを見ている。なんだか真剣な目だ。こういうときにうそはつけない。

「あー、そのな」
「うん」
「すきなひとは、いる」
「……」

 こまりちゃんはじっとあたしの言葉を待っている。うわあって思った。それで、なんだかわからんが、腹が決まった。

「あたしは、こまりちゃんが、好きだ」

 こまりちゃんが目をまん丸にした。顔が真っ赤になるのが自分でわかった。どうしよう。こんなつもりじゃなかったんだ。あー、とかうー、とかの言葉みたいなやつがあたしの口が転がり出た。

 だけどそのとき、あたしがまったく想像しなかったことが起った。

 こまりちゃんが、一瞬で顔をくしゃくしゃにしたかとおもうと――そのまま大声で泣き出した。

「こ、こまりちゃんっ!」

 慌てて駆け寄って肩に手をやると、こまりちゃんはあたしにしがみついて、えーん、えーん、と子供みたいに声をあげて泣いた。

 なにがなんだかわからない。なにがなんだかわからないが……あたしは恐る恐る、こまりちゃんの背中に手を伸ばした。そして、それからしばらく、ただ、こまりちゃんの背中を、よしよし、とさすり続けた。


 小毬さんの涙の意味は色々に解釈していただければと思います。

 投げっぱなしじゃないよ!


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