天野先輩と待ち合わせたのは、JR新大阪駅の在来線乗換口だった。
このあいだ会ってからまだ2週間で、そんなに久しぶりってわけじゃないけれど、改札機のむこうで手を振る先輩を見ると、まあやっぱり心は躍る。
「お久しぶりです」
「うん、ひさしぶり。直枝君も元気だった?」
「めっきり寒くなって、このあいだ風邪を引きかけましたよ」
「そろそろちゃんと暖かくして寝ないとダメよ? 湯たんぽ持ってる?」
「湯たんぽですか?」
「あ、なにまたその『おばちゃんくさいなあ』みたいなのは」
「いや、そんなんじゃないですって」
慌てる僕に、先輩はぱっと表情を変えて、からからと笑った。
「冗談冗談! もう、直枝君はかわいいわねえ」
「かわいいってなんですか……」
いかにも不満そうを装った口ぶりはしかし、我ながら惚けているものだ。仕方ないよな、と口の端が笑った。
とにかく新大阪じゃなんともならないので、京都線で大阪駅に出る。ホームで電車を待つこと4分、あとは淀川を超えて一駅だ。
ホームで電車を待つ先輩は、社会人然としているというか、ちょっとオトナっぽかった。肩に提げている鞄も、それからたぶん化粧も。
4月になってはじめて会ったときには、そりゃびっくりしたものだった。
『そりゃわたしも一人前ですからね!』
その日はちょっとドキドキしっぱなしだったのを今でも覚えている。
駅を出て適当な喫茶店に入る。何度か一緒に来ている店だ。ホットコーヒーとカフェラテを頼んで、運ばれてくるまでしばし待つ。
とりあえず暖かいものを口に入れて一息つくと、先輩がなんだか気合いを入れるみたいにして呟いた。
「よし」
「どうしたんですか?」
「じゃーん!」
効果音を日本語で喋って、先輩は鞄から何か箱のようなものを取り出した。
「……ポッキー?」
「そう!」
なんだか自慢げだ。
「直枝君、今日は何月何日?」
「11月11日ですけど……そういえば珍しい数字ですね」
「むう」
先輩はなんだか不満そうだ。
「そういうことを知らないのがかわいいとも言えるし、空振り感たっぷりでなんだか不満とも言うし……」
そろそろかわいいも言われ慣れた。いいのか僕、と思わないでもない。
「とにかくね直枝君」
「はい」
「11月11日はね、ポッキーの日なのよ!」
「へえ、そうなんですか」
なんだかどうでもいい知識を仕入れてしまった気がする。
「それで、ポッキーを記念してこう……やることがあるじゃない?」
「?」
なんだろう。やること?
と、僕の表情を見て取ったか、先輩がジト目になった。
「知らない、と」
「いえ、はい……わからないです」
「もう直枝君ったら乙女に何を言わせるのよ!」
いきなり逆ギレだ!
「そこまで察してくれてこそ、ここでポッキーを取り出した演出も意味があるってもんなのよ!」
「(なんだかわからないけど)ごめんなさい……」
「まったく!」
憤慨しつつ(何に?)先輩は片手でケータイをポチポチとやった。そしてそれを僕につきだした。
「はい、読んで」
「?」
二度目のクエスチョンを浮かべながら、受け取る。
先輩のケータイには、こんなものが表示されていた。
「うわあ……」
思わず声が出た。
「わかる? これを乙女に説明させようなんてどれだけ鬼畜なのよ直枝君は!」
「うん……ごめんなさい……」
ネタ振りしたのは先輩だよねとは敢えて突っ込まない。功を奏したか、先輩の機嫌も直ったようだ。
「そんなわけで、せっかくだからやってみようかと!」
「ここでですか!?」
「人生はおもしろおかしく!」
「だからって喫茶店で……」
見回して、気づく。
「ここ、周りの席から見えない?」
「そういうこと〜♪」
いつのまにかポッキーのパックを開けていた先輩が、その一本を取りだした。
「キスのひとつも味付け次第で面白くしないとね!」
「面白くしてどうするんですか……」
言いつつ、ちょっといいかなと思っている自分がいた。
「ふふん」
見透かされているか。我ながら毒されてるもんだよね。
「まあ、たまにはいいじゃない?」
指に挟んだポッキーをふらふらと振ってみせる。その先輩が妙に――かわいく見えた。なんだかそのあたりは……変わってないんだなあ、と。
思わず笑みがこぼれた。
「なによ、直枝君」
声に少しだけ不満が混じる。
「いや……」
かわいいなあと言うのもなんだか気に喰わなかったから、代わりに僕は大きく頷く。
「たまにはいいなあと思って。やりましょう」
先輩が目を丸くする。乗り気になると思っていなかったのかもしれない。
その隙にひょいと、先輩のポッキーを奪ってみる。
「あ、なにするのよ?」
答えずポッキーを咥えると、その先をひょいと突き出してみせた。
「ちょ、ちょっと直枝君……」
ほら、自分で言い出す割には躊躇する。こういうところがこう、うん――好きなんだなあと思う。
「もう、ほんとに……!!」
顔を真っ赤にすることしばらく、ちょこんとその先を囓ってみせた。
距離がゼロになるまで、しばらく。
その味は予想通りになんというか――チョコレート味だった。
かなたんに関する短編群、例外編その2。かなたんが出てこない理樹×あーちゃん先輩話でした。
掻いてて割と悶えそうになったのはアレですナ。アレです(何)。