みっしー誕生日おめでとう!(理樹×あーちゃん先輩?)

 毎年12月6日前後の週末には、実家に帰ることにしている。親戚のお姉ちゃんの誕生日祝いに、午後の喫茶店でささやかなティーパーティーを開くのだ。もっとも、寮会のあれやこれやでバイトの間もないので、結局お姉ちゃんに奢ってもらうことになるわけだけれど、そこは要するにたまに顔を合わせる理由をつけているだけだから、お互い気にしないことにする不文律だった。

「それじゃ改めまして、誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
 ティーカップで乾杯もできないので、軽く顔の前にあげると、一口。緑茶に煎餅も捨てがたいけど、ハーブティーにケーキが似合う店もある。お姉ちゃんはどちらかというと、洋風のものが似合うたいぷの美人さんだなあと思う。
「そういえば、今年で何歳だった?」
「それは訊かない約束ですよ」
 澄ました顔で流される。
「まだまだ学生で通じると思うんだけどなあ」
「見えない努力というものはあるものですよ」
「うん、たしかに見えないね」
「曲がり角を曲がれば、あなたにも判りますよ」
「あー、それはできれば先延ばしにしたいかな」
「それなら今から健康に気をつけておくことですね」
「健康?」
「美容のコツは健康ですよ。いい年のとり方と悪い年のとり方がありますからね」
「へえ、そんなものかな……」
 そんな健康談議をしばらく。

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 なにしろ12月だ。夕暮れは早い。陽が沈んでもまだ5時も回っていないけれど、やっぱり店内に灯りが点るとディナータイムって気分になる。
「出ましょうか」
「うん」
 商店街から家まで、歩いて半時間くらいだ。普通なら自転車かバスを使う。
 街灯は一応あるけど田舎道、畑と家が3対7くらいの風景だ。
「そういえば、今日は、夕飯は叔母さんが?」
「いえ、祐一さんが『任せろ!』と」
「え、祐一さん、料理できるの!?」
 お姉ちゃんは黙って首を振った。
「帰ったら惨状だと思いますよ」
「あー、それでちょっと早く」
「何とか食べられるようにしましょう」
「手伝う?」
 一応これでも家庭科部の部長なのだ。
「お願いします。あなたがいれば十人力です」
 ちいさく微笑んだ。
「でもあれだね」
「なんですか?」
「お姉ちゃんと祐一さん、仲いいよねえ」
「そうですね」
 ごく当たり前のように、お姉ちゃんは頷いた。
「いいなあ……」
 我ながら声がひがみっぽくなってしまった。と、お姉ちゃんが顔をこっちに向けた。
「なにかありましたか?」
「え?」
「いえ、何となくそう思っただけです」
「……」
 前に出そうとした右足が止まった。

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 もうあたりが闇に落ちようとしているなか、自動販売機は明々と光を放っていた。この季節、その光にたかる虫もいない。
 ぴっとボタンを押すと、がこん、と音がして缶コーヒーが落ちてきた。
「あちちち……」
 冷めた手を逆説的に感じつつ、カシュッ、とプルタブをあける。糖分たっぷりの甘い香りが鼻をくすぐった。
 ふわふわと漂う湯気が自動販売機の光のなかに浮かぶ。
「なんていうかね」
「はい」
「レンアイってムズカシイなあって」
「……」
 お姉ちゃんは黙って私の言葉を待っている。
「たとえば男の子と女の子がいて、お互い好きで、幸せになりました。めでたしめでたし……っていうわけにはいかないじゃない?」
「往々にして、そういうことはありますね」
「それがなんだか、なんだかなあ……って」
 ずず、と缶コーヒーをすする。
「……それで、ケーケンシャの話を聞ければと思って」
 ちらと見ると、お姉ちゃんはなんだか遠い目をして、空を見上げていた。
「私と祐一さんの話ですか」
 少し声が、暗い。
「もし、よければ、だけど」
 付け加える。何か後ろめたいことがあった……ということは寡聞にして知らないけれど。
「そうですね……」
 お姉ちゃんが、ほう、と息を吐いた。白い。
「あなたが何に悩んでいるかは判らないですけど、あなたのことだから、たぶんいろんな人のことを考えているんでしょうね」
「そう……だね」
 少し俯く。
「でも、それだけじゃないよ」
「それはそうでしょう。恋愛というのは、根本的にはエゴイスティックなものですからね」
「そんなもの、なのかな……」
「そういう側面がある……というのは事実だと思いますよ」
「……」
「アドバイスできることがあるとしたら……」
 私はその顔をみあげた。
「……大切なのは、『みんな』のことも、『あなたとわたし』のことも、同じくらい真剣に悩むことだと思います」
「同じくらい、真剣に悩む……?」
「はい。自分たちのことだけを考えても自分勝手ですし、みんなのことだけを考えても、それは恋愛にならないですから」
「恋愛にならない……」
 なるほど、そうか。それは、そうかも……知れない。
「真剣に悩んでいることは、伝わるものですよ。そうすれば、どんな結論になっても、いつかはみんなも判ってくれると思います」
「そう、かな……」
「そういう希望はある、と私は思いますよ」
「お姉ちゃんと祐一さんの場合も……?」
 問うと、お姉ちゃんは少し寂しそうに顔を伏せた。
「あなたの状況と似ているとは思いませんが、私と祐一さん以外にも、そうですね……関係者、がいました」
 関係者。微妙なニュアンスの言葉だ。お姉ちゃんは言葉を続けた。まるで独り言のように。
「あの子が消えてしまってから、私と祐一さんは随分悩みました。私たちは、あの子の母親や父親のようなもので……いわば擬似的な夫婦でもあったわけです。でもそれは、あの子のために捧げられるべきものであって、私たちの未来に対して捧げられるものではないのではないか、と……」
 その言葉の意味は、私にはわからない。ただ、何か深刻に――『あの子が消えてしまって』、だ――悩まなければならないことがあったというのは、判った。
「ずっと二人で考えて……それでたどり着いたのは、私と祐一さんが、それでもお互いに必要としている、ということでした。あの子抜きにしても。それは――あんまりにも酷い話ですけど。でも、それが結論でした」
 お姉ちゃんはまたコーヒーを一口すすると、空を見上げた。うっすらとしていた星々が、闇夜にくっきりと浮かび上がっていた。
「その……関係者のひと、には……?」
「あの子はまだ、戻ってきていません」
 端的だった。ずいぶんと年を重ねてしまったような響きだった。
「……やっぱり、上手くいかないこともあるのね」
「恋愛ですからね」
「色々なしがらみは、あります。でも、ちゃんと悩んで、受け入れる覚悟ができるなら……前に進んでもいい、と、私は思いますよ」
「難しいなあ……」
「それがいいところですよ、あなたの」
 ふふ、とおねえちゃんは笑った。
「だから、思いっきり悩みなさい。そうすれば、自ずと見えてくる……かも知れませんよ」
「かも、かあ」
「かも、です」
 そういうお姉ちゃんは……穏やかな横顔だった。

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 実家に戻ると、てんやわんやの騒ぎだった。
 なにしろ姪っ子(お姉ちゃんの娘だ)がわんわん泣いていて、台所ではなにか黒いものが煙を吹いていた。
「どうすればいいんだ」
 思考停止で立ち尽くす祐一さんを見て、お姉ちゃんはため息ひとつ。
「台所、お願いできる?」
「うん、わかった」
「頼む、色々黒こげなんだ」
「祐一さんのチャレンジャーなところはいいと思うんですけどね」
 ちくりと刺して、台所に向かう。家庭科部長の腕の見せ所だ。なにしろ今日はお姉ちゃんの誕生日なのだ。ここは一発逆転を狙うとしますか……。
 よし、と腕まくりをして、私は台所に向かったのだった。


 かなたんに関する短編群、例外編その3。またもかなたんが出てこない、理樹×あーちゃん先輩なのか何なのか不明な話でした。

 あーちゃん先輩が年下キャラになるのは描いてて面白いんですが、果たしてこれでいいものかと悩むところでもありますナ。


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