家庭科部室、冬来たり

 ずずず……とお茶をすする音が、和室に静かに広がっていく。
 校内で和室といえば、家庭科部室。
 家庭科部室といえば能美さんだ。

「わふー……」

 湯呑みから口を離して、能美さんが息を吐く。

「落ち着きますねえ」
「そうね〜」

 能美さんのお茶はおいしい。それに実際、この場所は落ち着く。これでもわたし、昔はここの部長だったのだ。

 卓袱台を囲んでいるのは、私と能美さんだけではない。加えてかなちゃんと直枝くんの、合計4人だ。
 能美さんがご飯を作るときは、だいたい3人でご相伴にあずかる。寮長室つながり、ということになるだろうか?

「クドリャフカ、醤油とって」
「はいです、佳奈多さん」

 このやりとりも見慣れたものだ。

「佳奈多さん、お醤油かけすぎですよ」
「私はこれくらいがちょうどいいの」

 いつも通りのやりとりに、直枝くんも苦笑している。

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 ひゅう……と風を切る音が聞こえて、建物がちいさく揺れる。家庭科部室は純和風の内装だけでなく、建て付けも和風建築なのだ。学校でよくある鉄筋コンクリートとは少し違う。
 直枝くんがちらりと上を見上げた。その視線に釣られると、これまた和風の灯りがちいさく揺れている。

「揺れてますね」
「揺れてるわねえ」

 直枝くんといっしょに肩を落とす。我が古巣、ちょっとボロいのは否めない。

「なんですか、あーちゃん先輩」

 かなちゃんがこちらに視線をくれる。

「吹き下ろす風に揺れる家、っていうのも風流かなってね」
「ああ……」

 そういうことか、とばかりに興味を失って、かなちゃんは醤油――じゃなくて胡麻豆腐に戻っていった。胡麻豆腐に醤油をかけてもわさびは使わないところが、実にかなちゃんらしい。

「すこしおんぼろさんですね、この部屋も」

 能美さんがぽつりと言った。

「冬になるともっと寒いわよ」
「わふ……そうなんですか?」
「すきま風が、そりゃえらいことになってね」

 部屋の隅っこを見る。この季節でも、冷気のようなものがときおり漂ってくる。

「あそこですか……寒そうですね……」

 想像したか、能美さん、ぶるりと体を震わせた。

「クドリャフカ、去年はどうしてたの?」
「去年だと、まだ転校してきていないですから……」
「ああ……そうか。そうだったわね。すっかり馴染んでたから、忘れてたわ」
「それは光栄なのです」

 わふー、と能美さんが笑ってみせた。

「それであーちゃん先輩、去年はどうしたんですか?」

「ん? どうした、って、どういうこと?」
「すきま風です」
「ああ、そのこと。簡単よ」

 ぴんと人差し指を立ててみせる。

「耐えた!」

 案の定、かなちゃんは目を丸くした。

「やっぱりですか」

 直枝くんは察していたようだ。苦笑いするばかり。

「耐えたって、あーちゃん先輩、どうやって……」
「そりゃ厚着するのよ。コート着て、マフラー巻いて」
「それって外にいるのとおなじじゃないですか!」
「そうよ。2月なんか、使い捨てカイロ使ったりして」

 ふたたびかなちゃん、絶句。その隣で能美さんも口をぽかんと開けている。

「ま、寒い冬を乗り切れば暖かい春が待っている……っていうのも風流じゃない?」
「わふー、たしかに風流ですけど、風邪をひいてしまいます……」
「あーちゃん先輩」
「なにかしら?」

 かなちゃん、決然と顔を上げた。

「寮会の予算で、部屋を修理しましょう」
「おいくら万円かかると思う、かなちゃん?」
「でもですね……」

 額に手をやって首を振っている。

「佳奈多さん、寒いの苦手ですか?」
「全っ然!」
「わ、わふー……」

 うわあ、ものすごくイライラしてる。珍し……くはないけどね。
 そういえば――事情はあるとはいえ、夏でも長袖だものね。本当は寒がりなのかもしれない。
 でも、この部室を直すとしたら、ちょっと私たちのお小遣い程度ではすまないのだ。

 と。

「ねえ。二木さん」

 直枝くんが声をかけた。あの状態のかなちゃんに対して……さすが直枝くん! 勇者だ!

「なによ?」

 短く険のある声……をものともせず、直枝くんは平然と続ける。

「あのさ、こたつを買うっていうのは、どうかな?」
「は……?」
「わふーっ! おこたですかっ!」

 凍りつくかなちゃんの横で、能美さんが飛び跳ねた。犬か!……ってそうか、こたつで丸くなるのか!
 じゃなくって。

 直枝くんが滔々と続ける。

「そうそう。それで袢纏かなんかも用意してさ」
「それから籠にみかんですねっ!」
「日本の冬だね」

 それからふたり、ちらりとかなちゃんのほうを見やった。
 目を丸くしたかなちゃん、はっと気づいて現実の世界にカムバック。

「あ、え……みかん? いいわねみかんは」

 そうじゃないでしょ!

「……反対意見はないみたいだね?」
「なのですっ!」
「ということで、家庭科部長のクドのOKも出たところで、週末に買いに行こうか。4人で割ればなんとかなるでしょ」
「あら、私も?」

 カウントされてるのは嬉しいとも思うけど、懐事情はラクじゃないのだよ?

「天野先輩もこの冬過ごすんですから。それに、まだ見ぬ後輩のためと思って」
「あら、そう言われると弱いわね」
「それじゃ、そういうことで」

 にっこりと笑って場をまとめた。こういうのが直枝くんの上手いところだ。

「よかったですねえ、佳奈多さん」

 にっこり笑顔を向けられたかなちゃん、ごほんと咳払いをひとつした。

「……私物の持込は申請しておくこと」
「はいです!」
「さ、ご飯が冷めちゃうよ」

 直枝くんが促すと、二人はそれぞれにお膳に向き直る。

「……」
「♪」

 しかしまあ、能美さんとかなちゃん、面白いコンビよねえ。

「……なに笑ってるんですか、天野先輩」
「ふふん。内緒」
「ま、いいですけど」

 直枝くんも食事を再開だ。
 とにかく週末にこたつを買い出し。そしてこの冬は、たぶんこの顔ぶれでの夕食も続くだろう。

「ん」

 よし、と思う。
 楽しいことは、これからまだまだ待っている。


 かなたんかわいいよかなたん。


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