微グロかもです。

私刑

 教室の一番後ろの隅の席、そこに座る棗恭介の混濁していく意識が――首筋のぞっとする冷たさに引き戻された。
 血の通ったものの感触とはとても思えない……手だった。まるでB級スパイ小説のように、背後から首を掴まれている。おそらく両手で。
「今更何の用だ」
「今更だから、よ」
「ならとっとと――殺せよ」
「逃がす積りはないわ。もちろん」
「なら、」
「私刑判決も聞かせずに楽にしてあげる趣味はないの」
「裁判官にでもなるつもりか?」
「私刑<リンチ>の意味で言ったわ」
 棗恭介は背後に顔を向けようとして――瞬間、その首がきゅっと絞められた。
 ぐぐ……と力が込められる。首が回らない。が、その手は決して、頚動脈を遮断していない。訓練されている。練習されている。
「お涙頂戴だったわね」
 嘲笑か憐憫か――いや、憐憫では決してあるまい、と棗恭介は思う。
「でも、直枝やあなたの妹はともかくとして……あなたに、そんなにお綺麗な最後を迎える権利なんて、どこにもないのよ」
「だから……」
「葉留佳を冒涜したでしょう」
「俺には、目的が、」
 瞬間、ぞわり、と総毛立つ。極低温の声がする。
「目的で手段を正当化するな、下種が」
「目的と手段が入れ替わるよりマシだろう」
「大差ないわよ。最低ね」
 言葉に明白な殺気が混じる。
「最低」
 指に力が篭る。ああ……と棗恭介は悟る。頚動脈を止めるなんてこいつらしくない、とは思ったんだ。こいつは――頚椎を圧し折る気だ。
「物理的にも象徴的にも、殺す」
「それが……判決か……」
 かすかに通る気道から、声が漏れ出た。
 問いにもならない確認だったが、答えはない。
 ふ、と疑問が脳裏を過ぎる。
「おまえは……どこに……」
 行くんだ、の言葉まで息が続かなかった。
 意味は通じたらしい。
 ぎぎぎ……と首の骨が軋む。
「言うまでもないわ」
 手の力を一切緩めず、そのまま声が聞こえてくる。
「葉留佳のところに行くのよ」
 その言葉に、ほんの僅かに喜びの匂いを嗅ぎ取り、恭介は瞬間――それが羨ましくなったような気がした。
 どうして、と、
「あなたはせいぜい、悲劇のヒーローとして死ね。独りでね」
 その言葉の意味が、恭介の脳髄でなにかのかたちを成した。
「俺は……」
 しかし、恭介がそれを言葉にしないうちに、ばきり、と音を立てて骨が砕け、神経と血管が潰れ――


 恭かな……?


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