あけましておめでとう2017

 寮長といえど、一介の学生であるから、もちろん休暇には家に帰ってもよいのだ。
 それでも、ふと冬休みに学校に居残ってみようと思ったのは、率直なところ気まぐれだ。
 でも、敢えて無粋に理由を見つけるとしたら――やがて春が来れば私はこの学校を去る。
 訪れることはできるだろうけれど、戻ってくることはできない。
 そう思ったら、ふと、この場所で年を越してみる、というのを試してみたくなったのだ。

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 1月1日、晴れた朝だった。
 のびをしてベッドからもそもそ身を起こす。
 暖かい布団の隙間から、冷えきった空気が入り込んでくる。
 思わずぶるりと震えるが、それで起き出すのがコツなのだ。

 ――やっぱり、新年っていう実感はない。
 夜は夜で、朝は朝。
 冬休みは、2学期が終わって、3学期が始まるまでの、ぼんやりとした境界線だ。
 でも、昨夜の「ゆく年くる年」では、どこかのお寺で除夜の鐘を衝いていた。
 私の実感はともかくとして、新年は新年なのだろう。

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 顔を洗って(水が冷たい!)、いつも通り程度の身だしなみを整えると、コートを着込んで外に出てみる。
 昨日と変わらない朝の散歩だ。
 特に行く当てはない。
 行く当てはないが、誰もいない学校をふらふらと歩くのも、またいいものだ。
 コンクリートの正面玄関から土の地面に下りると、足の裏の感触がすこしだけ柔らかくなった。

 誰もいない、と言ったが、もちろん本当にだれもいないわけではない。
 時折、そこここで人の気配がする。
 先生の幾人かは教務にいるらしい。宿直室にも、もちろん。
 部活で出てきている生徒らしき声も少しだけ聞こえる。
 どうやら体育会のひとたちだが、個人練習らしく、かけ声は聞こえず、足が砂を蹴る音だけが澄んだ空気の向こうから聞こえてくるのだ。

 あれは、2年生だろうか。
 たぶんそうだろうな。
 いかに体育会系といえど、3年生は、受験勉強で忙しい時期だ。
 大会に出ることもない。
 それは大学に入ってからの話で。
 彼らとて今は、たぶん人生でそう何度ともないであろう、勉強の時間なのだ。
 普段は縁の薄い参考書とノートを実家の机に広げて、うんうんと唸っているところだろう。

 ――忙しいのは、いいことだ。
 忙しいあいだは、時が移り変わるのに気づかずにすむ。
 ふとした時に来た道を振り返って愕然とすることもあるけれど、
 今が充実していれば、過去のことは過去のことに過ぎない。
 過ぎ去ったこと、なのだ。

 だからこそ、と寮長は思う。
 静かに流れていくこの時間を、感じていたい。
 4月になれば、私は社会人だ。
 聞くところによれば、ゆっくりとした時間、というのは、あまり手に入らなくなるらしい。
 少なくとも、仕事に慣れるまではてんてこ舞い、だろう。
 今でこそ、寮長、なんて泰然としたフリをしているけれど、寮会の仕事に慣れるのには、結局一年かかった。
 器用な方じゃないのだ。

 はあ、と息を吐くと、それは白く色づいて、冬の大気の中へ溶けて消えた。
 ため息、ではなかったと思う。
 かすかに笑っているように思えた。
「うん」
 そんであればよし、とひとり頷く。

 それに……冬が去れば、春が来る。
 と思ったら、ふと、ああ、新年なのだ、という奇妙な実感が沸いてきた。
 そうか、春が来るのか――。
 なにかしらのうっすらとしたイメージが、私のなかにぽっかりと浮かぶ。
 それは明確なかたちを伴わないものだが、あるいは桜の花のように、ちいさな灯のように、僅かな、でも確かなエネルギーが自分の中にあるのを、不思議にも確信した。

「さ……って」
 頭の上で手を組んで、伸びをする。
 今日はなにをするかな。
 家庭科部らしく、なにか正月っぽい小料理でも作ってみようかな。
 たぶん、「きょうの料理」に、それらしきものが載っているだろう。
 校舎を一周したら、とりかかろう。
 そう思って、歩き出す。
 悪くない気分だった。
 そんな、1月1日の朝。


 あけましておめでとうございます。これを読んで頂いてる皆様、今年もよろしくお願いします!


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