epilogue / "Canoe"


 船はすっかり出航の準備を整えて、時が来るのを待っている。
 舷側にも、港のターミナルビルにも人々があふれかえり、盛んに帽子を振って別れを惜しんでいた。
 それはたぶん、人類が船というものを造りだして以来、千年、万年にわたって絶えることのなかった光景だ。

 私は――私は神戸小鳥だ――その光景を、少し離れたところから見おろしていた。
 人々の別れと、そして旅路と新天地への予感をいっぱいに乗せて、船もまた、万感の思いであるに違いなかった。

 やがて、ボゥーッ……と出航の汽笛が響き、それを合図に船は動き出した。
 巨体をタグボートに引かれて、港の外へとゆっくりと進んでいく。
 そして、灯台を越え、タグボートが舫いをほどくと、船はもういちど汽笛を鳴らし、ついに自らの力で波を蹴り始めた。
 もう、誰に導かれるでもなく、己の力で、大海原に漕ぎ出していくのだ。

 港は少しずつ――しかし、あっというまに遠くなっていき、やがて地平線の向こうへと消えていく。
 私は、ほうっとちいさく息を吐いた。
 これが私たちの旅立ちなのだ。
 そして、目を閉じる。
 思い浮かぶのは、懐かしい面影。
 さようなら。
 おやすみなさい、瑚太朗君。
 いつか――
 いつか目が覚めて、また会える、はるか遠いその日まで。


("I am (■■■■) moon." closed.)

目次