恋心/アンティークショップ・フォレスト


「で、どうしたのよ。『オカ研の肝っ玉母さん』?」
 その呼びかけにあたしは、行くあてもないぼんやりとした思考から引き戻された。
 視界が焦点を結ぶと、そこにあったのはアンティークショップ・フォレストのマスター、今宮さんの、いつもより少しだけ真面目そうな顔だった。
「いやあ……」
 あたしは言葉濁したけれど、今宮さんは今度はやれやれと肩をすくめてみせた。
「そんなにわかりやすく『悩みがありますー』みたいな顔をされたら、声かけないわけにいかないっしょ?」
「ですかね……」
 返す声に我ながら張りがない。
「ま、俺はどうでもいいけどサ」
 とん、と目の前に湯気の立つマグカップが置かれる。蜂蜜の甘い匂い。
「ため込むといいことないぜ。一人で考えるーより、誰かに話した方がいいアイディアが浮かんでくるもんさ」
 言われるまま、あたした目の前のマグカップに手を伸ばす。
 熱々の蜂蜜湯が濯がれた陶器が、ふんわりと手のひらを温める。

--------



--------

「瑚太朗、ねえ」
 話を聴き終わった今宮さんの声は、いかにも気のなさそうなふうだった。
「――俺は知らないけどさ、そのコタロウクンってヤツは。それに、外宇宙航行船のあいつも、そんなに顔を合わせる機会もないしな」
「そうですよね……」
 最初から分かっていたことだ。フォレストのマスターが、瑚太朗君のことを知っているはずもない。
 なにしろ、あれは――すくなくとも、この現実の世界で起こった出来事ではないのだ。
 夢なのか、平行世界なのか、未来なのか過去なのか。
 いずれにせよ、今宮さんが知っているはずがない。
「お前のことだから、何か頭がおかしくなったとかだとかじゃないと思うけどさ。ちゃんと学園の定期検診受けときなよ?」
「このあいだ、ちょっと最近体調悪いーって言って、検査受けました」
「で?」
「元気元気。めっちゃ元気」
「そっか。ならよかった。それじゃあとは、そのコタロウクンってヤツの謎だけか」
「ですねえ」
「それと、コイバナな」
「コイバナって……別にそんな」
「まあまあ、隠すことないっしょ。見てりゃわかるぜ、それくらい」
「はあ……」
 そのあたりは隠して話したつもりなんだけど。
 あたしはそんなに分かりやすかっただろうか。
「大丈夫大丈夫。コイバナだからって軽く見やしないって。大切なことだぜ、そういうのは」
「それは……ありがとうございます。それとごめんなさい、ワケのわからない話しちゃって」
「いいってことよ」
 今宮さんは、快活な笑顔で答えてくれて、
 なぜか――その唇の端に、見慣れぬ表情の片鱗が、見えた。
(皮肉……?)
 が、その表情は、あっと思う間もなく消えた。
「そういう相談ならいくらでも乗るぜ。そういうのはおっさんおばさんの仕事だからな」
「それじゃ、今度は西九条先生連れてきましょうか?」
「……なんで、そこであいつの話がでてくんだよ!?」
 今宮さんは、慌てて噛みつかんばかりに吠えた。
 この人は、西九条先生の話になると、わかりやすい。
 だからこそ、こういう話もしにくることが出来たのかも知れない。


≪ひとつ前へ 目次 ひとつ次へ≫