古ぼけた写真、古ぼけた記憶


 写真のなかにいたのは、間違えるはずもない、瑚太朗君そのひとだった。
 ポチとは違うけれど、あたしの古い記憶と――そして夢のなかの瑚太朗君と同じ顔をしていた。
 場所は、森だった。おそらくは深い森だ。
 辺りを警戒するように眼光は鋭い。
 安くはなさそうなスーツを着ているが、手入れをする余裕もないのだろう。まったくスマートに見えない。
 そんなところが、確かに瑚太朗君なのだ。

 そして、その隣に、小さな女の子の姿が映っていた。
 それは、他でもなく。
 7年前の。
 『鍵』をめぐる密やかな争いのそのまっただなかにいた――

「あたし、ですね」

 今宮さんは黙って頷いた。
 あたしが瑚太朗君と一緒に写っている以上、その写真は、あの7年前の頃のものだ。
 つまり、『鍵』をめぐる争いの中で、あたしが瑚太朗君と共犯関係にあったことは、知られていたのだ。
 予想はしていたことだった。
 だからこそ、相談したのだ。
 ガイアとガーディアンの後継組織である『機構』の、今宮さんに。
 そして、思った通り、今宮さんは瑚太朗君を知っていた。
 ならば、あたしの知りたいことが、いくらかでもここで分かるかも知れない。
 心臓がほんのすこしだけ早く脈打つのが分かった。

 おそらくはあたしの意図を分かっているのだろう。
 今宮さんが話しだした。

「天王寺瑚太朗。享年26歳。ただし、天王寺が死んだのを確認した奴は、ガーディアンにはいない。もちろん、ガイアにもだ」

 ああ。
 やはり、瑚太朗君は死んでいた。
 あの争いのあとで、姿を見なくなったのだ。
 これもまた、あるいは――と、想像はしていたけれど。
 ずしん、と胸に重いものを感じる。

「17際のとき、バイアーン帯剣緑地騎士団団長江坂宗源に適性を見出され、ガーディアンとなる――」

 あたしの顔色を伺うこともせず、今宮さんは淡々と 語りだした。
 記録を読み上げている、わけではなさそうだった。
 目の前に紙があるでもない。
 だが、なにかの詩を暗唱するかのようだ。
 心の奥深くに刻み込まれている詩を。

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「――中東ではいくつかの戦闘区域を転戦し、実戦経験を積んだ。人を殺しもし、また助けもした――」

 私は、ようやく知りつつあった。
 あの時代の、瑚太朗君との僅かな邂逅の裏で、いったい何が起こっていたのかを。
 今宮さんの説明と瑚太朗君のイメージは、ぴたりと一致した。
 『鍵』のために奔走していた瑚太朗君の姿。
 そして、あたしの記憶の中にだけいる、瑚太朗君の姿もまた。
 状況次第で、誰かのために、何かのために動くことができるのだ。
 瑚太朗君という男の子は。

「――最終的にガーディアンを離反したものと認定される。以降行方不明、死亡と推定」

 あたしは長く長く息を吐いた。
 ため息とは違うが、長い間抱えていたものを吐きだしているような、ひどく遠い息だった。
 そして、安心もした。
 あたしが小さい頃に会った、あの瑚太朗君は、確かに実在していたのだ。
 瑚太朗君は、あたしの記憶の中だけの幻影ではないのだ。

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 最後まで語り終えると、今宮さんはようやくあたしのほうに向き直った。

「悪かったな、嬢ちゃんのことは昔から色々知ってはいたんだ。悪気があったわけじゃないけどさ」
「いえ……あたしが今宮さんの立場なら、そうします」
「有難いね、理解して貰えて」

 そういうと今宮さんは、ひょいと上のほうを見やった。
 高い天井の向こう、空の向こうに目を向けるようにして。

「悪いけど、嬢ちゃんの記憶ってやつについては、俺たちが知っていることは何もない」

 僅かな期待は裏切られた。
 予想はしていても、頭が一瞬くらっとする。

「……残念、ですけど……でも、そうだとは」
「ああ……」

 今宮さんの声は、ため息じみていた。
 あるいは、あたしへの同情、なのかも知れない。
 と、今宮さんの表情がすっと引き締まる。

「……だが、嬢ちゃんももう分かっているだろうが、天王寺瑚太朗ってヤツは、『機構』にとって、極めて大きな意味を持つ名前だ。そして、あの『ポチ』が天王寺瑚太朗だっていうなら、ある意味で――つじつまは合う。あいつは、『鍵』を殺して、自分が『船』になった。『鍵』の意志を継ぐかたちで、な」

 そう。
 瑚太朗君ならきっと、そうするだろう。
 自分のためでなく、誰かのために。

「どこにも確証はない。根拠は嬢ちゃんの証言だけ。しかもその内容が、現実とつじつまのあわない記憶を突然思いだした、じゃあな……。でも、俺はその嬢ちゃんの『記憶』 を無視できない。なにしろ嬢ちゃんは『船』の『操舵手』――あいつのマスターなんだからな。俺たちが知らない何かがあっても、全然不思議なことじゃない」

 再度、頷く。

「あいつが、嬢ちゃんと一緒にガクセーやってた、なんて記録は、もちろんこの『機構』のどこにもない。お嬢ちゃんの妄想だってのが、一番シンプルな答えだ。だが」

 一度言葉を切る。

「……あるいは、もしかしたら本当に、どこかで嬢ちゃんとあいつは会っていたのかも知れない。俺個人の感触としては、そんなところだな」
「そう思います」
「ずいぶんはっきりと言うな」
「確信がありますから」
「そうか」

 なぜだか、今宮さんはにやりと笑った。
 今宮さんと瑚太朗君の関係がどんなものだったか、聞きたくはあるけれど、でも、それは踏み込むべきではないような気もする。
 だから、その表情は、好意的に捉えるに留めておくことにした。

「こんな所まで連れてきといて、嬢ちゃんの知りたいことは何ひとつわからない、ってなもんだ。我ながら情けないな。役に立たなくてすまねないね」
「いえ」
「でもな。今の俺たちなら、嬢ちゃんの相談にのるくらいならできる。それに、あの時―」

 少し、遠い目。

「――何が起こっていたのか、天王寺が俺たちにとってどんな人間だったのか、話してやることもできる。元ガイアの連中でも、内々の話が出来る奴はいる。きっと、俺たち元ガーディアンの目からは見えないことだって、たくさんあるだろう。だから……一人で抱えなさんなよ」
「はい」

 いつも飄々としている今宮さんだが、言葉の最後は、少しだけ優しい感じに聞こえた。
 今の瑚太朗君、つまりポチ――『船』のため、もあるのだろうが、心強くもあった。
 昔の瑚太朗君のことは、もっと知りたいと思う。

 ――でも。

 今宮さんと話してみて、はっきりしたこともある。
 結局のところ、あたしの記憶にある瑚太朗君は――あたしの記憶にしかいないのだ。
 それだけは、誰に頼ることもできない、あたしだけの問題でしかなかったのだ。


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