懐かしい声


 ふたり、瑚太朗君とならんで、焼きトウモロコシの屋台のほうへ歩く。
 晴れ渡った空に、秋の少し冷たい風が吹く。
 あとしばらくすれば、もうそれは木枯らしとなり、枯れ葉が頭上を舞うだろう。

 ――妙な気分だった。

 食欲をそそる、香ばしい匂いは、しかし、あたしのどこか遠い記憶のようなものを、まるで針で優しく突くかのように刺激した。
 あるいは、瑚太朗君とならんで――いつか――焼きトウモロコシを食べたことがある、のかも知れない。
 明確な記憶には、ない。

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「らっしゃい、嬢ちゃん!」

 あたしたちを迎えたのは、どこか見覚えのある、ひげ面のおじさんだった。
 おじさんはあたしたちをちらと見ると、ほんの僅かだけ、妙に優しげな、寂しげな顔をした――ようにも思えた。
 おじさんは、がはは、と笑うと、

「一本ずつでいいか?」
「あ、はい。お願いします」

 ひょいひょいと火箸でふたつ、トウモロコシをつまみあげた。
 新聞紙でくるまれたそれはずいぶんと小さく見えたが、それはおじさんの手の大きさのせいだったらしい。
 受け取ると、思ったより大きくて。

「おいしそうだな」
「いい顔をするじゃねえか、坊主。熱いから気をつけるんだぞ」
「分かっている」

 律儀にも、手に持ったトウモロコシを、ふうふう、と吹いてみせた。

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 あたしたちは、バーベキューセットの近くの小椅子に腰掛けて、焼きトウモロコシを覗き込んだ。

 ――いい、匂いだ。

 どこか懐かしいそれを、思う存分に嗅ぐ。
 見ると、瑚太朗君もあたしをまねて、同じことをしていた。
 今の瑚太朗君の感覚器官でも、あたしと同じように、これをいい匂いと感じるのだろうか。
 そうであってほしい。
 願いにも似たことを思う。

 それから、あたしたちは、まるで示し合わせたように、同時に焼きトウモロコシにかぶりついた。

「旨い!」

 かぶりつくなり瑚太朗君は、そう一言叫んだ。

「ポチ、はしたないよ」
「でもさあ、旨いもんは旨いだろ」

 違和感があった。
 その口調が、いつもの瑚太朗君と違っている、ように思えた。
 まるで、それは、

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『なあ、小鳥さんよ。放課後暇か?』
『いやあ、それがちょっとファン活動でね』
『そいつは残念だな』

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 そんな、いつかの声のような気がして。
 あるいはそれは、この焼きトウモロコシの匂いが、あたしの脳になにか作用しているだけかも知れないのだけれど。
 でも、確かに。

 言葉を失ったあたしに、瑚太朗君は眉をひそめた。

「どうしたんだ、小鳥……おい!?」

 凍り付いたように身じろぎも出来ず――でも、ただ涙が溢れていた。
 その声は、疑うべくもない、瑚太朗君の声だった。
 ポチではない。
 あたしの記憶の中にいる、
 あたしの記憶の中にしかいないはずの、
 その声は、
 優しげで、少し斜に構えて、
 でも、ずっとあたしの隣にいてくれた、
 紛れもない、
 瑚太朗君の声だったのだ。


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