白の宮殿


 夢から覚めると、やはりあたしは病室らしき部屋の真っ白なベッドの上にいた。
「気づいたか、コトリ!」
「こた……ろうくん」
 夢とうつつの狭間の意識のまま、そう呼んでしまって――すっと血の気が引いた。
 それはたぶん、後悔という名の感情だっただろう。

 ――が。

「ひゃあ!?」
「少しは動けるな? つかまっていろ」
 一瞬であたしは担ぎ上げられ、
「ちょっと、え!?」
 あたしを肩に乗せたまま、瑚太朗君は病室を飛び出すと、廊下を猛然と走り出した。
 患者さん、看護婦さん、お医者さん。
 超人じみたスピードに、すれ違う人々が、唖然とした顔でこちらを見ているのがわかる。
「ななな、何なのさ!?」
「ちょっとした緊急事態だ」
「ここ病院だよ!」
 言ってから、はっと自分の格好をチェックする。
 入院患者の格好だ。
 ズボンだからめくれることはないけれど、厚着ではないから瑚太朗君の感触が割とダイレクトに伝わる。
「ふしだらNGっ!」
「そんな事を言っている場合か!」
 軽くいなされてしまった。
 よくわからないけど、それじゃいったい、これはどんな場合なのだ?
 瑚太朗君の声は、緊張しているようでもあったけれど、それだけではない。
 (何か、楽しそうな……?)
 そんな雰囲気を、あたしはわずかに感じ取った。
 ひとつ付け加えるなら、やっぱりそれは、まるで、あたしが知っている、知らないはずの、どこかの瑚太朗君の面影であるような気がしたのだ。

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 瑚太朗君に担ぎ上げられたまま、廊下を走り、階段を飛ぶようにのぼって。
 嵐のような勢いであたしたちがたどり着いたのは、『機構』のメインオペレーションルームだった。

「遅いわよ、ポチ!」
 最初に飛んでくるのは、いつも通りに朱音さんの言葉。
「これでも最速だ」
 息を切らす様子もなく瑚太朗君が言い放つ。
 これもまた、いつも通りの光景だった。
「カイチョー、小鳥が目を回している」
「そうだな。ポチ、いいから小鳥を降ろしてやれ」
「小鳥、大丈夫です?」
 オカ研の面々が、口々に心配してくれた。
「いやまあ……あはは」
 物理的に目が回っているのも事実だ。
 そして、なんというか……色々吹っ飛んでしまった。ような気もする。
 頭を振って、そして誰にともなく問いかける。
「いったい何事なんさ?」
 と、背後から。
「それは俺から説明しよう」
 よく知った声がした。
「今宮さん!」
 ルチアが猛然と振り返るなり直立不動の姿勢を取った。
「オカ研、総員集合しましたッ!」
「そいつは結構」
 唇に不敵な笑いを浮かべて、今宮さんは、オペレーションルーム中央のディスプレイ――もちろん魔物だ――を見上げた。
 つられるように映像に目をやって。
 そこ映っていたのは――
「月……あれ?」
 そう、月――に、奇妙なものが写っていた。
 まるで、それは。
 縦横に走る溝や、四角い構造物――いや、そのように表現する必要もない。
 道路や建物だ。それらがあつまっている、
「町――?」
 いや。
 違う。
 すべてが白亜の色に見える、それは。
「あれは……」
「見覚えがあるか、嬢ちゃん」
 今宮さんの言うとおりだった。
「……きっと、その――魔物、ですよね」
「そうだ。俺たちの『石造りの町』と同じな――長居、例のものを拡大してくれ」
「その名前で呼ばないで、と言っているでしょう」
 呼ばれた津久野先生が――ここにいたのか――枝のコンソールをひらひらと触る。
 衛星軌道上の宇宙観測リーフバードの水晶体が動き、ディスプレイの映像が拡大されていく。
 拡大されていくうちに、その中心に、なにか黒いしみのようなものが見えてきた。
 まるで風が吹いているかのように黒くはためく布――そのまわりに、ひらひらと舞う赤いリボンが。
「あ……」
 次第に見えてくる、その姿は。
 銀色に輝く髪、紫の瞳。
「篝――」
 そう、そこにいたのは、篝だった。
『鍵』、だった。鍵の少女だった。
 と、篝の顔が動いた。
 まるで、リーフバードを介して、あたしがあの子の姿を見ているのを、知っているかのように、
 篝が、あたしのほうを見た。
 あたしを、見たのだ。
 まるで見つめあうような数瞬で、
 ほとんど本能的に――あたしは理解したと思う。
 篝が、その目が、深い深い、悲しみと、そして――慈しみにも似た『感情』をたたえていることに。
 


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