ナイトフライト


 瑚太朗君に抱かれて大気圏を飛び出すと、青かった空はぐうっと暗くなり、 気づいたときには、あたしたちは星間宇宙を飛んでいた。
 目指す先は、月。
 『機構』が観測した、月に突如出現した石の町――誰ともなく口にしたその名前は、仮に『白の宮殿』だった。

 月には、前に一度だけ、来たことがある。
 瑚太朗君が目覚めた日、あたしたちは――オカ研のみんなは――瑚太朗君に連れられて、月にいったのだ。

 そのときに見つけた、小さな芽。
 あれはきっと、篝だったのだろう。
 月の小さな庭の主、篝。
 あたしが守るべきモノであった篝。
 再び逢うことがあろうとは、夢にも思っていなかった。

 篝とあたしは――多くの『枝』で、深く縁で繋がれていた。
 ほとんどすべての世界で、あたしはドルイドとして篝を守っていた。

 そもそも、あたし個人の記憶としても、不思議ではあったのだ。
 なぜ、あたしのような年端も行かない子供が、ドルイドとして選ばれたのか。

 そして、多くの『枝』の記憶を思いだした今、その選択は偶然などではなく、必然であったことは明白だ。
 でも、なぜ。
 なぜ、そんな――過酷な運命を、あたしが背負っているのか。
 あるいはその答えを、篝ならば知っているかもしれない。
 そう思うと、気がはやった。

 と同時に――不思議に思えることが、まだひとつある。

 あたしはあたしをしっかりと、優しく抱える――瑚太朗君の顔を密かに盗み見た。
 今の瑚太朗君は、あたし一人分の魔力しか接続されていないけど、それでも人の形を僅かに流線型に崩して、幹と枝と葉とを羽のように背中にはやし、足や腕のあたりでも、まるで余分なエネルギーを放出するかのように、蔦がゆらゆらと揺れていた。

 ――瑚太朗君。

 瑚太朗君とあたしもまた、あらゆる世界で、なにかの縁で結ばれているようだった。
 もちろん、あたしの……恋、のようなものが、いつも実るわけではない。
 でも、たとえそれが――うまくいかなくても、あたしと瑚太朗君は……離れずにいた、ように思う。

 それは、なぜなのか。
 なぜあたしは、そのようにあるのか。
 それは分からないけれど、今こうして瑚太朗君の腕に抱かれていると――とても安らかな気持ちになれた。
 それは確かなことで、それがどのような『理由』に基づいていようと、別に構わない。
 ただ、ずっと一緒にいたい、と思う。
 津久野先生が言うように、それは難しいこと、なのかも知れない。
 でも、瑚太朗君の腕の感触は、とてもそうは思えなくて、しかも自分はとても落ち着いている。静かな気持ちでいられる。それが不思議だった。

 瑚太朗君は、あたしの気持ちを知ってか知らずか、いつになく口数少なだった。
 ただ、宇宙の風に揺れてあたしが姿勢を崩すたびに、瑚太朗君はあたしを静かに抱えなおしてくれるのが嬉しかった。

「――そろそろ着くぞ」

 その声に前の方を見ると、月はずいぶん大きくなってきていて、『白の宮殿』の姿も、もうずいぶんとはっきりと見えてきている。
 その石造りの町に向かって、あたしたちふたりは静かに降りていった。


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