光の枝の記憶の森


 白の宮殿のまんなかには、丸く開けた広場があって、篝はそこで、月へと降りていくあたしたちをじっと見上げていた。
 近代的なビルのかたちをしたもの、古い古い時代の建物のかたちをしたもの、様々なかたちが入り交じって、それらは全て真っ白であるのだけれど、それらが織りなす曼荼羅は、不思議と優しげな色彩を感じさせた。
 そして、その真っ白のまんなかに、篝はただひとり、ぽつりと黒く、わずかに赤く、佇んでいた。

 あたしたちは、広場のすみ、篝から少し離れた辺りにふわりと着地した。
 太陽が空に輝いているが、月に大気はなく、空は星空だ。
 その反対側に、だいぶん欠けたかたちの地球光が静かに輝いている。

 あたしは、瑚太朗君から手を離すと、そっと篝のほうへと一歩足を踏み出した。

「篝……」

 と、篝が――ふっ……と、表情を変えた。
 あたしは目を見開いた。
 あらゆる世界で、ほとんど感情なるものを表そうとしなかった彼女なのだ。
 それが、あたしを見て――まるで泣き笑いのような顔を、したのだ。
 そして、口を開く。

「小鳥」

 懐かしい声、だった。
 つられるようにして、あたしは篝にゆっくりと歩み寄る。

 篝の足元には、きらきらと輝く光の枝だが広がっていた。
 その領域に踏み込んでいいのか戸惑ったが、それでも彼女はあたしを招いている――気がした。
 そっと、枝の端に足を乗せてみる。
 その光に足の先が触れた瞬間。

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「瑚太朗君、もう朝だよ」
「もう少し寝かせてくれ……」
「ほら、布団から出る!」
「うおッ!? なんてことするんだ寒いっ!」

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「!!」

 思わず足を引っ込めた。
 それは、あたしの記憶だった。
 いつかどこかの、あたしの。
 これは、記憶の枝なのか。
 光の枝の淵にかがみ込み、おそるおそる指で触れてみる。

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「それで、瑚太朗さん、いいんちょとはどうなのさ」
「どうもなにも絶好調だぜ!」
「ほほーう、ふむふむ。それはなによりだけど、ふしだらはNGだよ?」
「そうだな、見つからないようにやるさ」
「いいんちょが嫌がることしたらだめだよ!」

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 ずきり、と小さく胸が跳ねた。
 ああ、こんなこともあった、かも知れない。
 でも、これも確かに、いつかの記憶なのだ。

 しゃがみ込んでいると、地面を這う光の枝は、ほとんど無限に広がっているようにも見えた。
 きっとここに、あたしのあらゆる記憶があるのだ。
 その中心に静かに立ち、篝はあたしを招いている。
 じっとあたしの目を見て、来なさい、と招いているのだ。
 あらゆる記憶を踏み越えて、ここまで来なさい、と。

「コトリ……」
「大丈夫だよ」

 心配げな瑚太朗君の声に、あたしは背中で答えて、立ち上がった。
 大丈夫。
 あたしはひとり、光の枝の森へ、足を踏み入れる。


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